代表弁護士ブログ

2010年10月27日 水曜日

司法取引と大陪審

アメリカでは、刑事事件の捜査の際に、犯罪事実を認める代わりに罪を軽くする司法取引が認められています。日本の刑事司法では、司法取引が認められていませんが、実質上司法取引に近い扱いがなされている事が多くあると考えられます。

例えば、痴漢事件などで典型ですが、被疑者が犯罪を争っている場合には、何ヶ月も拘留がなされ、保釈が簡単に認められないという不利益を被ることがあります。数ヶ月もの拘留は本人の社会生活に極めて重大な不利益を与えることになり、犯罪事実の内容に照らしても、不利益の大きさは比べものになりません。いわゆる人質司法という扱いで、身柄を盾に犯罪を認めることを強制されることになります。現在の司法制度のもとで、犯罪事実を争うことがいかに被疑者にとって不利益であるかは明瞭です。

また、同じ事実関係であっても、法律の評価の仕方によって犯罪構成要件が異なって解釈される事例も多くあります。このような場合に、捜査段階で軽い罪を認めることで、本人が真摯に反省しているということが事情として考慮され、大きな罪での起訴を免れるということも考えられます。

仮に、取り調べ段階で犯罪事実を認める内容の調書が作成されても、その後の公判段階で、被告人の証言が重視され、捜査段階の調書の内容が真実と異なることが認められる場合には、冤罪事実の可能性をかなり少なくできる可能性もあります。しかしながら、刑事訴訟法の原則如何にかかわらず、現在の刑事裁判では、公判段階での被告人の証言よりも、調書の記載が重視される運用がなされていますので、一旦捜査段階で犯罪事実を認める調書に署名した場合に、後の公判でそれを覆すのは極めて困難と言えます。いわゆる調書裁判として批判されているところです。

今後裁判員裁判制度が定着することで、調書裁判の運用についてはかなり改められる可能性がありますが、痴漢事件など裁判員裁判の対象とならない事件については、従前の運用が継続される可能性もあります。

また、今般の司法制度改革の一環として、検察審査会制度の強化がなされましたが、検察審査会における起訴、不起訴の判断においては、上記のような人質司法と呼ばれる捜査の運用の在り方や、調書の作成の経緯についても十分に考慮して判断することが必要になってきます。また、アメリカでは、陪審員が報道機関の報道から隔離され、予断を持たずに判断できる体制がとられ、陪審員の予断を排除するための運用がなされていますが、日本の検察審査会や裁判員裁判では、審査会のメンバーや裁判員が重大事件についての新聞報道などで、大きな心証を受けている可能性も否定できません。アメリカでは、推定無罪の原則のもとに、犯罪報道について細心の注意がなされていますが、今後は、日本においても、犯罪報道の在り方についても十分に検証が必要になってくるものと思われます。

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office

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