• 2020.09.01
  • M&A・事業承継

債務超過会社でM&Aを成功させた事例

中小企業が置かれた状況

バブル経済崩壊以降日本経済は長期にわたる不況とデフレによって苦しんでいるといわれますが、長く弁護士の立場から会社の経営に関与してきた私達としては、状況は年々悪化しており、とりわけリーマンショック以降の経営不振の状況は極めてシビヤなものになっていると考えています。もちろん、厳しい経済状況の中でもしっかりと売り上げを作り、内部のリストラクチャリングにより無駄を省くことで毎年利益を出している経営者も多くいますが、業界によっては、外部環境の変化は個人の力ではどうしようもない状態にあり、売上高の減少を食い止めることがおよそ不可能と思われる会社も多くあります。

例えば、地方の駅前商店街については、現在でも経営努力により細々とであっても経営を続けている商店もありますが、シャッター街といわれる町では往来の人がほとんど買い物をすることなく、町全体として商売が成り立たない状況となっています。同様のことはいくつかの業種についても言えることで、その業種における事業自体に将来性を描くことが本当にできるかどうか判明しないものもあります。経営者としては従前の事業を縮小し、あるいは売却清算し、新規事業に望みをかけるなどの大胆な方針転換が求められることもあります。

例えば、昔は町に写真屋があり、写真の現像は写真館でやってもらうのが通常でしたが、デジタルカメラの普及によって写真の現像自体がほとんどされなくなりました。また証明写真も機械で簡単にできるようになりましたので、あえて費用を払って写真を撮ってもらうという人も少なくなっています。七五三や結婚式などの特別の機会に写真をとる写真店(おそらく写真撮影の技術が特に優れている)や、デジカメのネガを機械によりきれいなアルバムにするなどの特殊なサービスを提供する会社でないと従前の形での写真店の運営は難しいのではないでしょうか。

現在の多くの中小企業が抱える問題は著しい売上の減少に対して取るべき対策がはっきりしないという点にあると思われます。次の会社はそのような例として考えられるものです。

年間売上3億円
仕入原価2億円
粗利1億円
販売管理費2億円
営業利益▲1億円

この会社の場合、年間売り上げが仮に6億円あれば、仕入原価は4億円ですので、2億円の粗利が確保できることになります。販売管理費が2億円のままだとすれば営業利益をトントンのところまで戻すことができます。国で言えばプライマリーバランスの黒字化というところでしょうか。会社の経営者としても、営業利益の黒字化が達成できるところまでくれば、とりあえずはほっと一息つけるというところかと思います。

しかし売上高を倍増させるのは並大抵ではありません。特にその会社が対象としている市場において本当にそれだけのマーケットが存在するのか疑わしい事例も考えられます。また、万一仮に売上高の倍増を図ることができるとしても、その間にどれだけの販売費用を支出する必要があるのか、売上高の倍増を達するまでの資金調達は可能なのかなども検討の必要があります。

リストラクチャリングの可能性

そこで、売上の増加を図れない場合には、内部のリストラなどで、収益構造を変えることが可能かどうかを検討する必要があります。第一に仕入原価ですが、これについては調達先との協議交渉などは当然必要になると思いますが、第三者のあることですし、相手方も利益を十分に確保できていないとすれば、なかなか仕入れ価格の変更を実現するのは難しいことになります。

販売管理費については、自社内部の費用のことですので、経営者において自発的な調整が可能な項目になります。しかし販売管理費を2億円から1億円まで減少させることはかなり思い切った努力が必要になりますし、実際には粗利の増加と販間費の削減を同時に進めていくことになると思われます。

販間費の内、役員の報酬についてはほとんどの会社(特に赤字を計上している中小企業)が既に可能な限りの削減を実施済みであるか、支払われた報酬を会社への貸付けの形で会社に入れることで、実質上最低限の報酬しか得られていないというのが実情かと思われます。社員の給与手当についても、最近の総務省の統計などでも明らかなように、デフレ経済以降、アベノミクスなど特殊な状況にも拘わらず、十数年にわたり労働者の給料は減少を続けているということですので、1人当たりの給与の支給額は最低額に据え置かれていると思われます。また、会社の経営者からしても、正規社員をパート社員に切り替えるなどして経費削減にいそしんでいるというのが実情ではないでしょうか。

交際費やその他の必要経費については、日常の日々の努力の中で1円単位での節約を行っていると思われますが、それでも削減額はそれほど大きなものとはなりません。地代家賃についても、安い賃料のところに引越しをするとか、大家との交渉で家賃を減額してもらうような努力をされていると思います。

そのような中で粗利が1億円、販間費が2億円の状況だとすると、毎月の売り上げが2500万円、その内1666万円が仕入先への支払になりますので、手元に残るのは834万円となります。そこから社員(15名)の給料・法定福利厚生費700万円、家賃150万円、交通費・交際費・保険料などの諸々の費用400万円、役員報酬200万円、租税公課150万円等を支払っているというのが実情です。経営者からすれば毎月850万円の赤字が出ていくことになります。金融機関からの借入も年々膨らんできて、借入のできる限界に近くなっています。

このような状況で、経営者としては、パート社員との契約を終了させ、人件費の削減を進めるなど努力をしますが、どうしても限界があります。この場合、売上増よりも採算性の悪い事業を止めることを優先し、仮に販売先を最も採算性の高い顧客に絞り込み売上を1億5000万円まで縮小させることになったとしても、経費を5000万まで縮小させることを第一目標として実行するなどの大胆な方策を取ることが重要ではないかと思われます。もちろん年間の経費を5000万円にまで縮小させるわけですので、従業員の解雇やより安い家賃の事務所への引っ越しということも考えなければならないかもしれません。会社にとっては、極めて大胆な方策を講じることになりますので、社員の反乱や顧客の流出などで事業価値がバラバラになってしまう可能性もあります。経営者としては最低限の歩留まりを想定し、最悪の場合への備えを行いながら、どの範囲までのリストラクチャリングを行うのかなど方針決定をしっかりと取っておくことが必要です。

リストラクチャリング後のイメージは次のようになります。

売上高1億5000万円
仕入原価1億円
粗利5000万円
販売管理費5000万円
営業利益0円

年間の販売管理費は5000万円ですので、月間の販売管理費は400万円強ということになります。従って月間の販売管理費については、役員報酬50万円、社員(5名)の給料・法定福利費250万円、家賃50万円、交通費・交際費・保険料など諸々の経費50万円くらいまで減額が必要になります。従業員の解雇については、整理解雇の場合であっても、解雇の手法などについては労働法上の制約がありますので、弁護士などと相談することが必要かもしれません。

会社の経営者としては、上記の姿まで持っていくことが出来れば事業継続を行うことが可能であるという確信を有することは重要です。そしてその計画をしっかり立てた後は、何があってもその計画を実現することを第一に考え行動することが必要です。実際には行動の最中に新規の取引が始まるなどいい方向にいくことも多くありますが、最低限の歩留まりを最初にしっかり押さえておくことが必要です。

また、上記の通り、売上を上げて事業の再生を行うというのは並大抵ではありませんし、多くの場合経営者の夢を追い求めているに過ぎないと思われます(仮に売上アップが期待できるのであればそれまでに実現しているはず)。従って、事業が危殆に瀕した段階では、売上増による事業の再生ではなく、上記のようにリストラクチャリングによる事業の縮小を図る方が、はるかに実現可能性が高いと思われます。

事業部門の売却

仮に複数の事業部門を有する会社で、顧客が別々に分かれているような場合には、一定の部門のみを第三者に承継してもらうという可能性も考えられます。M&Aというよりも事業部門の承継として人と取引先を一緒に引き取ってもらうというイメージに近いことになります。場合によっては社員の中で、その事業部門をこれまで中心として行ってきたので、自分で独立して継続してみたいという人がいるかもしれません(ある程度の事業規模のある会社であればMBOということになるかもしれません)。

事業部門の売却というと、承継する会社にリスクが残り誰も引き受けてくれないのではないかとも思われますが、経営規模の小さな中小企業が残債務の整理を兼ねながら事業を移転していくような場合ですので、必ずしも引き受け手がいないというわけではありません。例えば、地方の繁華街で商売を営んでいた花屋が経営の継続が難しいと判断した場合でも、近隣の葬儀屋との取引についてはある程度の利益が見込まれる場合に、社員の一部が葬儀屋との取引については承継して自分で商売を始めるということはあり得ます。

会社分割による一部事業部門の存続

例えば、日本食と居酒屋の二つのレストランを経営する会社が債務超過に近い状況となり、日本食の会社だけでも存続させたいという場合に、居酒屋を閉鎖するのが一番当然の方法ですが、それ以外にも複数の事業を営んでいる場合には、むしろ日本食のレストランを別の会社として独立させるということも考えられます。この場合、通常の事業譲渡の方法では、債権者の個別同意が必要になるなどの手続的負担があり、債権者の了解が得られない場合には事業の承継自体ができなくなる可能性があります。これに対して日本食のレストランを会社分割の方法により外部に外だしすると、組織再編行為として債権者の個別の了解なしに資産を移転させることができます。もちろん、会社分割においても知れたる債権者への個別通知が必要であるなど、債権者保護手続きが定められていますが、公告方法を変更するなどして債権者への個別の通知を省略することも可能となっています。

このような会社分割については、債権者の利益を害し、不当ではないかということで、詐害的会社分割として訴えを提起されている会社もいくつかあります。従って、会社分割による事業の外だしについては、濫用的会社分割に該当しないよう慎重な配慮が必要となります。

M&Aによる会社売却と第三者からの支援

第三者から会社の承継の申入れがある場合には、第三者割当増資を行うなどして、第三者から資金支援を受けその人に事業を承継してもらうということも考えられるかもしれません。但し、第三者の側でも承継した事業から毎月800万円もの資金の流出があるという状況には耐えられない事だと思われますので、資金の拠出を行う第三者としては自らリストラクチャリングを行う自信があるなどある程度の見込みがある場合に限られると思います。

会社の清算とM&A

リストラクチャリングがどうしても難しい場合には、会社の閉鎖や破産申立も検討の対象とせざるを得ないことがあります。上記の状況に陥っているほとんどの中小企業では金融機関や公的機関からの融資を受けていると思いますので、会社の閉鎖についても、会社の解散決議をしてそれで終わりというわけにはいきません。金融機関からの返済を行わないまま放置するというわけにはいきませんので、破産申し立てを検討せざるを得ないことになります。

破産申し立て前のM&A

破産申し立て前の段階で事業の譲渡がなされるケースもよくあります。例えば上記の会社において3億円の売り上げがあることは事実ですので、このような売り上げがみすみす消えてなくなること(あるいはどこかの競合会社が承継することになるとは思いますが)はもったいないことではあります。また、会社の破産により従業員の今後の生活をどうするかという問題も生じてきます。そこで、事業を承継してくれる第三者がいればその人に承継してもらい、一部であっても事業を継続できる形をとることも考えられます。

但し、破産申し立て直前における事業譲渡については、一般の債権者の利益を害する詐害行為であるとか、倒産手続きの中で、破産管財人から否認権の行使がなされ、そのような取引が無効と判断されることもあります。従って、破産申し立て前における事業譲渡については、弁護士とよく相談し、管財人から否認権の行使がなされないかどうかを確認しておく必要があります。もちろん、否認権を行使されるかどうかは、管財人の判断によるもので、画一的にこの場合は必ず否認されるなどの基準があるわけではありませんが、ある程度の経験を経た弁護士であれば、当該状況を総合的に判断し、否認の行使の可能性について的確なアドバイスがもらえることになります。

破産手続きの中でのM&A

また、生きた会社について破産の申し立てを行う場合には、破産管財人が裁判所から事業継続の許可を得て、破産管財手続きの中で、事業を譲渡するということもよくあります。もちろん破産申立によって財産価値は著しく劣化し、従業員も雇用契約が終了することで散り散りになるなど、事業の承継が難しくなる状況も考えられます。従って、破産開始決定後速やかな事業の承継ができるよう申立代理人と十分に相談を行っておくことが必要となります。破産手続きの中での事業譲渡が成功するかどうかは、破産申し立て前の段階で、スポンサー企業の目星をあらかた決めておくなど、事前の準備がどれだけしっかりしているかによることになります。

会社分割の手法による再生の可能性の検討

仮に上記の状況下で、取引の一部を削減し、事業規模の著しい縮小が図れるとしても、これまで借りていた金融債務をどのようにして返済していくかということが問題となります。例えば3億円の売り上げのあった状況下で、2億円の借入債務があった場合、3億円の売り上げ規模の会社からすれば2億円の金融債務があることもあり得る話ではありますが、もし売り上げ規模が1億5000万円まで縮小するとすると、2億円の借入債務は極めて大きな負担となってきます。

グッドカンパニーとバッドカンパニー(会社分割の手法を用いて)

金融債務の大きな会社の再生手法としてグッドカンパニーとバッドカンパニーに分けてグッドカンパニーは会社を存続させ、バッドカンパニーについては清算を行うという方法が取られることがあります。この方法は、金融機関の了解を得ながら進めることで、実務的には上記の会社よりも規模の大きな会社に用いられることが通常ですが、上記の会社においても利用の可能性がないわけではありません。

グッドカンパニー・バッドカンパニー方式は金融機関との直接の取引の形では難しいと思われますので、例えば金融機関が有する債権を不良債権としてサービサーなどの外部の会社に売却し、サービサーとの協議を経ながら手続きを進めることになります。A会社は会社分割の方法によりA’会社を設立し(A’会社の社名は、A社と同一でもかまいません)、A会社の資産と、負債の内将来返済可能な債務(例えば2億円の借入債務の内5000万円)をA’会社(新設会社またはA社が有している休眠会社)に承継させます。その後A社は清算を行うことになりますので、サービサーはA社に残った債務1億5000万円について貸し倒れとなります。しかしながら、残りの5000万円についてはA’会社に承継されますので、A’会社が事業を継続することで、A’会社から回収を受けることが可能となります。

グッドカンパニー、バッドカンパニー方式の再生は金融機関などの了解を得ながら進める手続きですので、会社分割自体が否認され、取り消されるなどの問題は通常生じません。金融債務の負担を合法的に軽減させるわけですので、実質上は一種の和解契約の方法に近いと思われます。もちろん経営者のモラルハザードの問題はありますので、この手法を濫用し、経営者が不当な利益を得ることは許されません。しかしながら、現在の経営環境の下で、ダメな会社はつぶしてしまえばいいと割り切ることが本当正しいのかも検討する必要があります。従前と違い金融機関も個々の借入先の状況について真摯に対応してくれる環境下にありますので、十分に検討に値する方策ではないかと思われます。

休眠会社になり会社を存続させる

休眠会社は、会社法では、会社法の手続を行わずに長年が経過している会社のことを言いますが、上記の状況でどうしても事業の継続が難しいと判断した場合に、従業員は全て解雇し、会社の活動を止めてしまうということも考えなければならないかもしれません。この場合でも取引先からの注文がある場合には在庫の処分や注文分だけ仕入れをして納品するとか、これまで販売して商品の保守点検だけして、手数料をもらうということも考えられます。月間の売上は50万円とか100万円とか限られたものですが、代表者の最低限の生活維持に必要な現金が入ってくる可能性はあります。また、ある程度の仕事の見込みがある場合は解雇した従業員と売り上げ歩合の形で外注契約をするということもあるかもしれません。元社員は固定の給与はなくなりますが、50万円の売り上げがあると一定の作業を行い、50万円の利上げの中から25万円を報酬としてもらえるなどの取決めを行う形になります。

会社が債務超過の段階で会社の在庫を処分することは破産法の観点からすれば否認の対象となるかもしれませんが、代表者の生活維持にやむを得ない場合にもあるかもしれません。破産になると代表者の収入は一切なくなりますので、5万円でも10万円でも収入があることは代表者を救うことにもなるかもしれません。また、このような状態で会社を続ける場合であっても、将来何らかの理由で第三者の支援が受けられ、会社が活動再開できる日が来るかもしれません。最後まであきらめないことが重要です。

経営者の皆さんと一緒に考えます

栗林総合法律事務所はこれまで多くの中小企業の再生やM&Aに取り組んできました。経営者の皆さんが厳しい経済環境の中で逡巡し、七転八倒をくり返しながら日々経営に努力している姿を拝見しております。どんなに小さな会社であっても、経営者の皆さんや従業員の皆さんの生活がかかっているわけですので、何とか少しでもいい方向に向かうことが出来るよう一緒に考え行動していきたいと思います。

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