代表弁護士ブログ

2016年6月27日 月曜日

企業法務弁護士からみたM&Aによる事業再生・事業救済

バブル経済崩壊以降日本経済は長期にわたる不況とデフレによって苦しんでいるといわれますが、長く弁護士の立場から会社の経営に関与してきた私達としては、状況は年々悪化しており、とりわけリーマンショック以降の経営不振の状況は極めてシビヤなものになっていると考えています。もちろん、厳しい経済状況の中でもしっかりと売り上げを作り、内部のリストラクチャリングにより無駄を省くことで毎年利益を出している経営者も多くいますが、業界によっては、外部環境の変化は個人の力ではどうしようもない状態にあり、売上高の減少を食い止めることがおよそ不可能と思われる会社も多くあります。

例えば、地方の駅前商店街については、現在でも経営努力により細々とであっても経営を続けている商店もありますが、シャッター街といわれる町では往来の人がほとんど買い物をすることなく、町全体として商売が成り立たない状況となっています。同様のことはいくつかの業種についても言えることで、その業種における事業自体に将来性を描くことが本当にできるかどうか判明しないものもあります。経営者としては従前の事業を縮小し、あるいは売却清算し、新規事業に望みをかけるなどの大胆な方針転換が求められることもあります。

例えば、昔は町に写真屋があり、写真の現像は写真館でやってもらうのが通常でしたが、デジタルカメラの普及によって写真の現像自体がほとんどされなくなりました。また証明写真も機械で簡単にできるようになりましたので、あえて費用を払って写真を撮ってもらうという人も少なくなっています。七五三や結婚式などの特別の機会に写真をとる写真店(おそらく写真撮影の技術が特に優れている)や、デジカメのネガを機械によりきれいなアルバムにするなどの特殊なサービスを提供する会社でないと従前の形での写真店の運営は難しいのではないでしょうか。

中小企業が置かれた状況
現在の多くの中小企業が抱える問題は著しい売上の減少に対して取るべき対策がはっきりしないという点にあると思われます。次の会社はそのような例として考えられるものです。

年間売上3億円
仕入原価2億円
粗利1億円
販売管理費2億円
営業利益▲1億円

この会社の場合、年間売り上げが仮に6億円あれば、仕入原価は4億円ですので、2億円の粗利が確保できることになります。販売管理費が2億円のままだとすれば営業利益をトントンのところまで戻すことができます。国で言えばプライマリーバランスの黒字化というところでしょうか。会社の経営者としても、営業利益の黒字化が達成できるところまでくれば、とりあえずはほっと一息つけるというところかと思います。

しかし売上高を倍増させるのは並大抵ではありません。特にその会社が対象としている市場において本当にそれだけのマーケットが存在するのか疑わしい事例も考えられます。また、万一仮に売上高の倍増を図ることができるとしても、その間にどれだけの販売費用を支出する必要があるのか、売上高の倍増を達するまでの資金調達は可能なのかなども検討の必要があります。

リストラクチャリングの可能性
そこで、売上の増加を図れない場合には、内部のリストラなどで、収益構造を変えることが可能かどうかを検討する必要があります。第一に仕入原価ですが、これについては調達先との協議交渉などは当然必要になると思いますが、第三者のあることですし、相手方も利益を十分に確保できていないとすれば、なかなか仕入れ価格の変更を実現するのは難しいことになります。

販売管理費については、自社内部の費用のことですので、経営者において自発的な調整が可能な項目になります。しかし販売管理費を2億円から1億円まで減少させることはかなり思い切った努力が必要になりますし、実際には粗利の増加と販間費の削減を同時に進めていくことになると思われます。

販間費の内、役員の報酬についてはほとんどの会社(特に赤字を計上している中小企業)が既に可能な限りの削減を実施済みであるか、支払われた報酬を会社への貸付けの形で会社に入れることで、実質上最低限の報酬しか得られていないというのが実情かと思われます。社員の給与手当についても、最近の総務省の統計などでも明らかなように、デフレ経済以降、アベノミクスなど特殊な状況にも拘わらず、十数年にわたり労働者の給料は減少を続けているということですので、1人当たりの給与の支給額は最低額に据え置かれていると思われます。また、会社の経営者からしても、正規社員をパート社員に切り替えるなどして経費削減にいそしんでいるというのが実情ではないでしょうか。

交際費やその他の必要経費については、日常の日々の努力の中で1円単位での節約を行っていると思われますが、それでも削減額はそれほど大きなものとはなりません。地代家賃についても、安い賃料のところに引越しをするとか、大家との交渉で家賃を減額してもらうような努力をされていると思います。

そのような中で粗利が1億円、販間費が2億円の状況だとすると、毎月の売り上げが2500万円、その内1666万円が仕入先への支払になりますので、手元に残るのは834万円となります。そこから社員(15名)の給料・法定福利厚生費700万円、家賃150万円、交通費・交際費・保険料などの諸々の費用400万円、役員報酬200万円、租税公課150万円等を支払っているというのが実情です。経営者からすれば毎月850万円の赤字が出ていくことになります。金融機関からの借入も年々膨らんできて、借入のできる限界に近くなっています。

このような状況で、経営者としては、パート社員との契約を終了させ、人件費の削減を進めるなど努力をしますが、どうしても限界があります。この場合、売上増よりも採算性の悪い事業を止めることを優先し、仮に販売先を最も採算性の高い顧客に絞り込み売上を1億5000万円まで縮小させることになったとしても、経費を5000万まで縮小させることを第一目標として実行するなどの大胆な方策を取ることが重要ではないかと思われます。もちろん年間の経費を5000万円にまで縮小させるわけですので、従業員の解雇やより安い家賃の事務所への引っ越しということも考えなければならないかもしれません。会社にとっては、極めて大胆な方策を講じることになりますので、社員の反乱や顧客の流出などで事業価値がバラバラになってしまう可能性もあります。経営者としては最低限の歩留まりを想定し、最悪の場合への備えを行いながら、どの範囲までのリストラクチャリングを行うのかなど方針決定をしっかりと取っておくことが必要です。

リストラクチャリング後のイメージは次のようになります。

売上高1億5000万円
仕入原価1億円
粗利5000万円
販売管理費5000万円
営業利益0円

年間の販売管理費は5000万円ですので、月間の販売管理費は400万円強ということになります。従って月間の販売管理費については、役員報酬50万円、社員(5名)の給料・法定福利費250万円、家賃50万円、交通費・交際費・保険料など諸々の経費50万円くらいまで減額が必要になります。従業員の解雇については、整理解雇の場合であっても、解雇の手法などについては労働法上の制約がありますので、弁護士などと相談することが必要かもしれません。

会社の経営者としては、上記の姿まで持っていくことが出来れば事業継続を行うことが可能であるという確信を有することは重要です。そしてその計画をしっかり立てた後は、何があってもその計画を実現することを第一に考え行動することが必要です。実際には行動の最中に新規の取引が始まるなどいい方向にいくことも多くありますが、最低限の歩留まりを最初にしっかり押さえておくことが必要です。

また、上記の通り、売上を上げて事業の再生を行うというのは並大抵ではありませんし、多くの場合経営者の夢を追い求めているに過ぎないと思われます(仮に売上アップが期待できるのであればそれまでに実現しているはず)。従って、事業が危殆に瀕した段階では、売上増による事業の再生ではなく、上記のようにリストラクチャリングによる事業の縮小を図る方が、はるかに実現可能性が高いと思われます。

事業部門の売却
仮に複数の事業部門を有する会社で、顧客が別々に分かれているような場合には、一定の部門のみを第三者に承継してもらうという可能性も考えられます。M&Aというよりも事業部門の承継として人と取引先を一緒に引き取ってもらうというイメージに近いことになります。場合によっては社員の中で、その事業部門をこれまで中心として行ってきたので、自分で独立して継続してみたいという人がいるかもしれません(ある程度の事業規模のある会社であればMBOということになるかもしれません)。

事業部門の売却というと、承継する会社にリスクが残り誰も引き受けてくれないのではないかとも思われますが、経営規模の小さな中小企業が残債務の整理を兼ねながら事業を移転していくような場合ですので、必ずしも引き受け手がいないというわけではありません。例えば、地方の繁華街で商売を営んでいた花屋が経営の継続が難しいと判断した場合でも、近隣の葬儀屋との取引についてはある程度の利益が見込まれる場合に、社員の一部が葬儀屋との取引については承継して自分で商売を始めるということはあり得ます。

会社分割による一部事業部門の存続
例えば、日本食と居酒屋の二つのレストランを経営する会社が債務超過に近い状況となり、日本食の会社だけでも存続させたいという場合に、居酒屋を閉鎖するのが一番当然の方法ですが、それ以外にも複数の事業を営んでいる場合には、むしろ日本食のレストランを別の会社として独立させるということも考えられます。この場合、通常の事業譲渡の方法では、債権者の個別同意が必要になるなどの手続的負担があり、債権者の了解が得られない場合には事業の承継自体ができなくなる可能性があります。これに対して日本食のレストランを会社分割の方法により外部に外だしすると、組織再編行為として債権者の個別の了解なしに資産を移転させることができます。もちろん、会社分割においても知れたる債権者への個別通知が必要であるなど、債権者保護手続きが定められていますが、公告方法を変更するなどして債権者への個別の通知を省略することも可能となっています。

このような会社分割については、債権者の利益を害し、不当ではないかということで、詐害的会社分割として訴えを提起されている会社もいくつかあります。従って、会社分割による事業の外だしについては、濫用的会社分割に該当しないよう慎重な配慮が必要となります。

M&Aによる会社売却と第三者からの支援
第三者から会社の承継の申入れがある場合には、第三者割当増資を行うなどして、第三者から資金支援を受けその人に事業を承継してもらうということも考えられるかもしれません。但し、第三者の側でも承継した事業から毎月800万円もの資金の流出があるという状況には耐えられない事だと思われますので、資金の拠出を行う第三者としては自らリストラクチャリングを行う自信があるなどある程度の見込みがある場合に限られると思います。

会社の清算とM&A
リストラクチャリングがどうしても難しい場合には、会社の閉鎖や破産申立も検討の対象とせざるを得ないことがあります。上記の状況に陥っているほとんどの中小企業では金融機関や公的機関からの融資を受けていると思いますので、会社の閉鎖についても、会社の解散決議をしてそれで終わりというわけにはいきません。金融機関からの返済を行わないまま放置するというわけにはいきませんので、破産申し立てを検討せざるを得ないことになります。

破産申し立て前のM&A
破産申し立て前の段階で事業の譲渡がなされるケースもよくあります。例えば上記の会社において3億円の売り上げがあることは事実ですので、このような売り上げがみすみす消えてなくなること(あるいはどこかの競合会社が承継することになるとは思いますが)はもったいないことではあります。また、会社の破産により従業員の今後の生活をどうするかという問題も生じてきます。そこで、事業を承継してくれる第三者がいればその人に承継してもらい、一部であっても事業を継続できる形をとることも考えられます。

但し、破産申し立て直前における事業譲渡については、一般の債権者の利益を害する詐害行為であるとか、倒産手続きの中で、破産管財人から否認権の行使がなされ、そのような取引が無効と判断されることもあります。従って、破産申し立て前における事業譲渡については、弁護士とよく相談し、管財人から否認権の行使がなされないかどうかを確認しておく必要があります。もちろん、否認権を行使されるかどうかは、管財人の判断によるもので、画一的にこの場合は必ず否認されるなどの基準があるわけではありませんが、ある程度の経験を経た弁護士であれば、当該状況を総合的に判断し、否認の行使の可能性について的確なアドバイスがもらえることになります。

破産手続きの中でのM&A
また、生きた会社について破産の申し立てを行う場合には、破産管財人が裁判所から事業継続の許可を得て、破産管財手続きの中で、事業を譲渡するということもよくあります。もちろん破産申立によって財産価値は著しく劣化し、従業員も雇用契約が終了することで散り散りになるなど、事業の承継が難しくなる状況も考えられます。従って、破産開始決定後速やかな事業の承継ができるよう申立代理人と十分に相談を行っておくことが必要となります。破産手続きの中での事業譲渡が成功するかどうかは、破産申し立て前の段階で、スポンサー企業の目星をあらかた決めておくなど、事前の準備がどれだけしっかりしているかによることになります。

会社分割の手法による再生の可能性の検討
仮に上記の状況下で、取引の一部を削減し、事業規模の著しい縮小が図れるとしても、これまで借りていた金融債務をどのようにして返済していくかということが問題となります。例えば3億円の売り上げのあった状況下で、2億円の借入債務があった場合、3億円の売り上げ規模の会社からすれば2億円の金融債務があることもあり得る話ではありますが、もし売り上げ規模が1億5000万円まで縮小するとすると、2億円の借入債務は極めて大きな負担となってきます。

グッドカンパニーとバッドカンパニー(会社分割の手法を用いて)
金融債務の大きな会社の再生手法としてグッドカンパニーとバッドカンパニーに分けてグッドカンパニーは会社を存続させ、バッドカンパニーについては清算を行うという方法が取られることがあります。この方法は、金融機関の了解を得ながら進めることで、実務的には上記の会社よりも規模の大きな会社に用いられることが通常ですが、上記の会社においても利用の可能性がないわけではありません。

グッドカンパニー・バッドカンパニー方式は金融機関との直接の取引の形では難しいと思われますので、例えば金融機関が有する債権を不良債権としてサービサーなどの外部の会社に売却し、サービサーとの協議を経ながら手続きを進めることになります。A会社は会社分割の方法によりA'会社を設立し(A'会社の社名は、A社と同一でもかまいません)、A会社の資産と、負債の内将来返済可能な債務(例えば2億円の借入債務の内5000万円)をA'会社(新設会社またはA社が有している休眠会社)に承継させます。その後A社は清算を行うことになりますので、サービサーはA社に残った債務1億5000万円について貸し倒れとなります。しかしながら、残りの5000万円についてはA'会社に承継されますので、A'会社が事業を継続することで、A'会社から回収を受けることが可能となります。

グッドカンパニー、バッドカンパニー方式の再生は金融機関などの了解を得ながら進める手続きですので、会社分割自体が否認され、取り消されるなどの問題は通常生じません。金融債務の負担を合法的に軽減させるわけですので、実質上は一種の和解契約の方法に近いと思われます。もちろん経営者のモラルハザードの問題はありますので、この手法を濫用し、経営者が不当な利益を得ることは許されません。しかしながら、現在の経営環境の下で、ダメな会社はつぶしてしまえばいいと割り切ることが本当正しいのかも検討する必要があります。従前と違い金融機関も個々の借入先の状況について真摯に対応してくれる環境下にありますので、十分に検討に値する方策ではないかと思われます。

休眠会社になり会社を存続させる
休眠会社は、会社法では、会社法の手続を行わずに長年が経過している会社のことを言いますが、上記の状況でどうしても事業の継続が難しいと判断した場合に、従業員は全て解雇し、会社の活動を止めてしまうということも考えなければならないかもしれません。この場合でも取引先からの注文がある場合には在庫の処分や注文分だけ仕入れをして納品するとか、これまで販売して商品の保守点検だけして、手数料をもらうということも考えられます。月間の売上は50万円とか100万円とか限られたものですが、代表者の最低限の生活維持に必要な現金が入ってくる可能性はあります。また、ある程度の仕事の見込みがある場合は解雇した従業員と売り上げ歩合の形で外注契約をするということもあるかもしれません。元社員は固定の給与はなくなりますが、50万円の売り上げがあると一定の作業を行い、50万円の利上げの中から25万円を報酬としてもらえるなどの取決めを行う形になります。

会社が債務超過の段階で会社の在庫を処分することは破産法の観点からすれば否認の対象となるかもしれませんが、代表者の生活維持にやむを得ない場合にもあるかもしれません。破産になると代表者の収入は一切なくなりますので、5万円でも10万円でも収入があることは代表者を救うことにもなるかもしれません。また、このような状態で会社を続ける場合であっても、将来何らかの理由で第三者の支援が受けられ、会社が活動再開できる日が来るかもしれません。最後まであきらめないことが重要です。

経営者の皆さんと一緒に考えます
私達はこれまで多くの中小企業の再生やM&Aに取り組んできました。経営者の皆さんが厳しい経済環境の中で逡巡し、七転八倒をくり返しながら日々経営に努力している姿を拝見しております。どんなに小さな会社であっても、経営者の皆さんや従業員の皆さんの生活がかかっているわけですので、何とか少しでもいい方向に向かうことが出来るよう一緒に考え行動していきたいと思います。

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office | 記事URL

2016年6月24日 金曜日

企業法務弁護士から見たIT企業及び通信販売会社におけるM&A

IT企業や通信販売会社は、特別の参入障壁がないために競争が激しく、特殊な商品や技術、販売網を有していない限り一定の売上を確保することは困難な業種であると考えられます。しかしそのような環境の中でも売り上げを伸ばして利益をあげ、M&Aによる事業売却の中で多額のキャピタルゲインを得ている社長もいらっしゃいます。次の事例は仮想の事例ですが、市場の環境変化の激しい業界においてはM&Aによって成功を治める可能性が高いことが分かります。

Aさんは、12年前にそれまで勤務していた医療機器販売の会社を辞め、30歳で独立を果たしました。最初は雑誌の広告欄に記載のあったある健康食品会社の販売代理店となり、インターネットを通じて健康食品の販売を行ってきました。自宅の近所のマンションの一室を6万円で借り、アルバイト社員数名を雇ってホームページで広告を行い、注文のあった人に商品を納品して代金を振り込んでもらうという仕組みです。健康食品は粗利が7割程度と利益率は大きいものの、顧客に認知されないとなかなか売上につながらないという難点があります。最初の数年間は年間の売上高が300万円から600万円とほとんど変わらず、仕入れ原価を差し引いた年間の粗利は100万円から300万円程度に限られていました。ここから事務所の家賃とパートへの人件費を差し引くと毎年赤字となり、親からの借入によって最低限の生活費で食いつなぐという生活を送っていました。

そのうち、知人からの勧めで化粧品を販売するようになりましたが、ある時扱っている化粧品が女性雑誌で取り上げられたことから急激に売り上げを伸ばすことができました。Aさんは特定のターゲットを対象とした雑誌の広告が強力な商品の吸引力を有することを知り、自分が特に気に入った商品に限定して女性誌への雑誌広告を行い、通信販売の方法で化粧品を販売するビジネスへの転換を図りました。その後、商品が売れるにしたがって広告方法も雑誌からテレビショッピングやインターネット広告へと移行し、プロパーの正社員を5名採用するとともに、アルバイト社員も20名に増員し、現在では年間売上12億円を達成することができました。

Aさんの会社の売上及び営業利益は次の通りです。

  売上高  営業利益
平成15年 300万円  ▲150万円
平成16年 350万円  ▲100万円
平成17年 600万円  ▲200万円
平成18年 550万円  ▲200万円
平成19年 1200万円 100万円
平成20年 3500万円 200万円
平成21年 8000万円 1500万円
平成22年 3億5000万円 8000万円
平成23年 8億8000万円 2億6000万円
平成24年 12億円  3億3000万円

Aさんの会社の強みは何と言ってもしっかりとした売上を作っていることにあります。また、商品の特性から粗利率が非常に高く、アルバイトを活用することで経費を抑えることが出来る点も収益力の観点からは魅力的となります。Aさんはもともと雑誌や通販販売に関心がありましたので、自ら広告の企画を行い、広告会社と打ち合わせを行うなど、仕事のほとんどの時間を広告宣伝活動に当てています。

Aさんの会社の直近の損益計算書は次のようになっています。
売上高  12億円
売上原価 4億5000万円
販売管理費 4億3000万円
営業利益 3億2000万円
営業外収益 2000万円
営業外費用 1000万円
経常利益 3億3000万円
税引き後利益 2億円

株式の評価
Aさんの会社の特色は、売上高に対して売上原価が低いこと、営業利益が著しく大きいこと、長期の社歴はないが、年々売上高を増加させていることなどにあります。このようなAさんの会社に対して通信販売大手のB社から買収の申入れがありました。問題はAさんの会社のように近年著しく利益をあげている会社に対する評価をどのように行うかということにあります。

株式の評価については様々な方法がありますので、どの方法を採用するのがこの事例において最も適切かを検討する必要があります。

時価純資産価額法
中小企業のM&Aにおいて最も多く用いられる評価方法です。M&Aの目的に沿うよう対象会社の貸借対照表に一定の修正を施し、修正貸借対照表から対象会社の純資産価額を算出します。その金額に営業権を加えたものが買収価格となります。会社に蓄積された資産をもとに評価を行いますので、コストアプローチとも言われます。但し、本件では、会社に蓄積された純資産はそれほど大きくなく、むしろ近年における売上高の増加をどのように評価するかという点に重点が置かれる必要があります。

類似会社比準法
上場類似会社の時価総額をもとに対象会社の価額を評価する方法です。類似の上場会社がある場合には、その上場会社の時価総額をEBITDAや税引後利益などの採用する指標で割り、対象会社のEBITDAや税引き後利益にその倍率をかけて株式価格を算出する方法です。例えば類似の上場会社の時価総額が30億円で、EBITDAが2億5000万円の場合、倍率は12倍になります。対象会社のEBITDAが1億2500万円であれば、対象会社の株式価値は15億円ということになります。類似会社比準法はマーケットアプローチとも言われます。但し、本件では、Aさんの会社の規模が上場会社ほど大きくないことから対象となる類似会社の抽出が必ずしも可能であるとは限りません。

収益還元法と収益還元法による計算
税引き後営業利益を資本還元率で割り、調整を加えた上で株価を算出する方法です。企業の有する収益力に着目した計算方法であることから、インカムアプローチとも言われます。本件では、売上高及び利益が著しく増加していることに着目してM&Aが行われるものと思われますので、収益力に着目した収益還元法が最もふさわしいと考えられます。

収益還元法では、税引き後営業利益を資本還元率で除し、一定の調整を加えることで株価を算出することになります。資本還元率については、対象会社のリスクなどを加味した投資利回りと考えられます。本件の会社の場合、利益が毎年増加しているものの一定しているわけではなく変動の余地が大きいことや、ネット通販の経営環境、市場環境などを加味して検討される必要があります。市場金利が極めて低い状況であったとしても投資家からすれば比較的リスクの高い投資になりますので、10%から15%程度の還元率を要求されるのではないかと思います。もちろん資本還元率を何パーセントにするかについて一定の定めがあるわけではありません。結局は売主と買主の交渉により定まるということになります。

そこで、仮に資本還元率を10%として、収益還元法による株式価格を算出すると次のようになります(仮に預貯金3億円、借入金5億円とする)。

損益計算書の経常利益 3億3000万円
実行税率  40%
経常利益に対する法人税 1億3000万円
税引き後経常利益 2億円
資本還元率  10%
還元価格  2億円÷0.10%=20億円
預貯金・貸付金加算 3億円
借入金減額  5億円
調整後価格  20億円+3億円-5億円=18億円

従って、Aさんの会社の株式価格は18億円ということになります。Aさんとしては今後もっと売り上げをあげて会社を大きくしたいという要望がある一方、もともと小さな会社で苦労を多くしてきた経緯がありますので、一旦会社の売却により売却資金を確保し、その上で今後の生活を見つめていきたいという考えもあります。Aさんは色々と悩まれた後、最終的にB社からの買収申入れを受け入れることになりました。

なお、Aさんの株式売却価格は18億円ですので、そこから株式の取得原価(例えば1000万円)を控除した残額(例えば17億9000万円)が株式譲渡益になりますので、Aさんに対しては17億9000万円に対する20%(3億5800万円)の分離課税が課せられることになります。結局Aさんの手取り額は17億9000万円+1000万円-3億5800万円=14億4200万円となります。

なお、本件のように会社の代表者が急激に会社を大きくした場合は、会社の売り上げや販売戦略などについても代表者の力量に負うところが極めて大きく、買収を行った会社から引き続き代表者として(あるいは顧問として)会社の経営に関与してほしいと要望されることが多くあります。このような場合、Aさんとしては、どのような条件で買収会社に雇われるのか(例えば従前の会社の顧問として、買収完了後最低6か月間は、毎週最低3日間会社に勤務し、販売政策やマーケティング活動に協力すること、会社はAさんの労務の対価として毎月200万円の支払を行うことなど)を明確にした雇用契約書やコンサルタント契約書などを作成しておく必要があります。

上記は通信販売会社に関する事例をもとに著しく収益を伸ばした会社のM&Aについて説明するものですが、買収を行う会社においても自己の売上を瞬時に上げることが出来たり、際立った販売政策や販売戦略を有する人を内部に取り込み、自社製品の売上増加につなげていくことが出来るなど大きなメリットがあります。そこで、インターネットやテレビ通販を利用した通信販売だけでなく、IT系の会社や、レストランのチェーン店などにおいても同様のM&Aがなされることは多くあります。

私達の扱った事例においても、事業承継や再生型のM&Aとは異なり、一代で会社を大きくした若手の経営者が、会社を売却し、会社の売却資金により次の投資対象を検討したり、上場企業の傘下に入ることでより大きな販売ないし研究開発ができることを目的として積極的な観点からM&Aを活用する事例もだんだん多くなっています。アメリカにおいては、会社の売却によって多額の売却資金を得て、早期にリタイヤしたり、次の投資により資産をより大きくしていこうと考える人が増えていますが、日本においても今後このような事例は一層増えて来るのではないかと考えています。

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office | 記事URL

2016年6月23日 木曜日

企業法務弁護士から見たM&Aの事例

M&Aを有効に活用することで会社の継続可能性を高めることや、新規事業へのリスクのない投資が可能となったりします。また、経営者からすれば会社の譲渡により事業承継を成功させ、将来の安定した生活資金を得ることができます。M&Aが実際の現場でどのように行われており、それによってどのような成果が得られるのかを見てみたいと思います。なお、下記の事例はM&Aの理解を得るために一般的なテキストで説明される事例をもとに仮想したものであり、貸借対照表上の数字も理解を得るために簡明にしたものであって、現実の事例ではありません。

M&Aを活用した事業承継を成功させた事例
千葉県の郊外にあるA社は特殊なプラスチックの成形加工を専門とする会社で、社歴が40年を超え、金型技術に優れ、特殊加工に専念していたことから、一流企業を始めとする優良企業との取引が中心となっています。会社の代表者は30代で会社を設立し、その後40数年ずっと社長を務めていましたが、高齢で毎日会社に勤務することが難しくなり、また会社の将来を考えて事業を承継してくれる人を探していました。社長には子供がおらず、身内で事業を承継してくれる人は見当たりません。また、社員はアルバイトを含め20名程度で実直に仕事をこなしてくれていますが、重大な責任を負う代表者への就任を希望する人はおらず、実際にも社員による事業の承継は困難であると思われます。

A社の状況
A社の売上は数年前までは15億円程度でしたが、長引く不況と中国製品との競合などによる価格崩壊の影響を受け、近時の売上高は10億円から12億円の間にとどまります。また、バブル経済崩壊後も経費削減や新規顧客開拓を含む経営者の手腕によって何とか黒字を維持してきていましたが、ここ3年間は毎年経常利益の赤字を計上しています。A社のバランスシートは次の通りです。

流動資産5億円  流動負債5億円
固定資産8億円  固定負債7億円
その他資産2億円 資本の部3億円
資産合計15億円  負債・資本合計15億円

流動資産には現預金3億円のほか、売掛債権1億円、在庫1億円があります(現実にある会社でいれば現預金がもう少し小さく、売掛債権と在庫がもう少し大きくなるのが通常ですが、ここでは計算を簡明にするためこのようにしています)。固定資産は、工場の土地建物がほとんどで、最近の地価の下落状況から含み益はほとんどありません。流動負債は製品原材料の仕入れによるものと金融機関への直近の返済1億円があります。固定負債は取引先の金融機関からの借入5億円と役員等退職金引当2億円によるものです。最近の赤字に拘わらず、従前の内部留保がありましたので、まだ資本の部には3億円程度計上されていますが、今後も継続して赤字が生じる場合には、利益準備金を食いつぶしてしまう可能性も考えられます。

買収の申入れとDD(デューデリジェンス)
A社に対して同業のB社から5億円での買収の申入れがありました。A社の帳簿上の時価純資産価格は3億円ですので、営業権として2億円を見込んだことになります。A社の社長は自分の年齢を考えたときに今後これまでと同様に事業を続けていくことは難しいこと、B社の傘下に入ることで、会社の継続性は増し、従業員の雇用の確保ができると見込まれることから、会社の売却を決断しました。

B社からは、A社のバランスシート状の財務内容は把握しているものの、実体との食い違いを確認するためにデューデリジェンスを行わせてほしいとの提案があり、公認会計士と弁護士による会計及び法務に関する買収監査(デューデリジェンス)が行われました。その結果、不動産については不動産鑑定士による鑑定評価を取得し、帳簿価格と鑑定評価額はほとんど変わらないことを確認しました。また、在庫、売掛金については、実際の評価が難しいことから、売買価格の一部5000万円をエスクロー口座に入れ、半年後に売掛金の回収不能、不良在庫の存在などが判明した段階で、その金額を売買代金から差し引くことの提案がありました。また、従業員の退職金については、即時に全員が会社都合により一斉退職したと仮定した場合の退職金の半額(5000万円)を要積立額とみて、現実の積立額4000万円との差額1000万円を簿外負債とみることにしました。

その結果、純資産については、3億円から従業員退職金の積立不足1000万円を控除した2億9000万円と見込み、営業権2億円を合わせた4億9000万円を株式の買取価格とし、そのうち5000万円をエスクロー口座に入れるということになりました。また、会社の代表者には上記とは別に役員退職金規定に基づき役員退職金1億6000万円が支給されることになります。

役員退職金についての考え方
代表者はこれまで月額200万円(年収2400万円)の報酬を受領していましたが、役員退職金規定では月額報酬×就業年数が基本とされ、3倍までの範囲で功労加算が可能とされています。従って、役員退職金規定の上限は、月額報酬200万円×就業年数40年×功労加算3=2億4000万円となります。そこで、税理士とも相談の上、買主から支払われるべき金額と退職金を合わせた金額(株式買取価格4億9000万円+役員退職金1億6000万円=6億5000万円)のうち、2億4000万円を役員退職金とし、株式の売却価格を4億1000万円とすることを提案しました。このような提案をした理由は、本件のように代表者が長期にわたり会社を経営してきた場合、通常株式の譲渡益課税(売買価格から取得原価を控除した残額の20%の分離課税)の税率よりも、退職金に課せられる税率の方が低くなるためです。

A社代表者による上記提案はB社にとっても必要となる資金に相違がないものであり、判例上も役員退職金の功労加算を3倍とすることについては税務上も問題がないこと(功労加算は退職金規定に基づきますが3倍から3.5倍程度は判例上問題ないとされています)、エスクローを含めて他の条項について買主の提案に了解するものであることから、B社代表者の了解を得ることができました。中小企業のM&Aにおいては、役員退職金と株式価格の調整はよく行われているところです。

このような経過を経てA社代表者が所有するA社の株式をB社に譲渡することの合意が成立し、株式譲渡契約書が締結されました。なお、金融機関からの借入のうち短期借入金(流動負債)1億円と長期借入金(固定負債)5億円については、A社代表者の個人保証が付され、A社代表者の自宅が担保に入れられていたことから、B社において一括返済または金融機関の了解のもとに保証債務を解消することが合意されています。

その後半年が経過し、エスクローの清算がなされることになりましたが、B社代表者からは、売掛債権の回収不能と不良在庫が発見され、またキーマンとなる従業員の退職が生じたことから、当初の想定と異なり6000万円以上の損失が生じたため、エスクローの残代金は全額B社において取得したいとの話がありました。A社の元代表者とB社代表者がその後協議を続けた結果、売掛債権回収不能分と不良在庫の調整金を4000万円とみることで合意し、1000万円をA社の元代表者に交付することで合意されました。

M&Aの結果
このような経過を経て無事にM&Aが終了することになりましたが、上記の事例においてA社の元代表者とB社においてそれぞれどのような結果になったかを見てみたいと思います。

A社代表者の手取り金額の計算
株式の売却代金4億1000万円のうち株式取得原価が1000万円ですので、代表者の譲渡益(キャピタルゲイン)は4億円となります。株式譲渡益については申告分離課税で20%の税率が適用になりますので、税金は8000万円となります。その後、エスクローに入れた4000万円が譲渡価格から控除されることになりましたので、A社代表者の譲渡益は3億6000万円となり、株式譲渡税は7200万円となり、A社代表者は修正申告を行うことになりました。結局株式譲渡益に関するA社代表者の手取り金額は、3億6000万円+1000万円(株式の取得原価部分)-7200万円=2億9800万円となります。

また、役員退職金2億4000万円については、退職所得控除があり税率も低くなりますので、最終的には18%の税率となり、所得税及び住民税を合わせた税金の額は4320万円(約4000万円)となりました。税金を控除した後のA社代表者の手取り金額は2億4000万円-4320万円=1億9680万円となります。

従って、株式譲渡による手取り金額2億9800万円と役員退職金の手取り金額1億9680万円の合計4億9480万円が最終的な手取り額となります。なお、実際には、M&Aの仲介会社や弁護士・会計士などの専門家の協力を得ることになりますので、これら専門家の報酬(プロフェッショナルフィー)を考慮する必要があります。M&Aの仲介会社の報酬についてはレーマン方式により、弁護士・公認会計士の報酬については固定フィーまたはタイムチャージによることになりますが、全部を合わせて取引価格の5%から8%程度を想定しておく必要があります。

A社代表者としては、手取り金額で約5億円の資金が手元に残るわけですので、住宅ローンの返済や自宅の改修工事などを行っても十分な老後資金が確保できたことになります。A社が好ましい条件で売却できた原因は過去の蓄積による十分な内部留保を有していたこと、特殊な技術や優良な取引先によって他社から魅力的な会社として評価してもらえたことによるものです。しかしながら、もし赤字のまま会社の経営を継続し、債務超過となった場合には、上記のような提案がなされる可能性があるとは必ずしも言えません。万一事業の承継が出来ず会社を清算することになれば、在庫の評価は著しく低減し、多額の清算費用を要することになりますので、数億円の債務超過の状況となり、退職金の支給がないことはもちろん、担保に提供している自宅の所有権も失うことになりかねません。M&Aの判断はタイミングが極めて重要であることがお分かりいただければと思います。

B社の状況
B社による株式取得によりA社はB社の完全子会社(100%子会社)となりますので、B社及び買収後のA社の内容についても確認しておく必要があります。

買収時において金融機関からの借入金6億円(長期借入5億円、短期借入1億円)については、B社が代位弁済しており、その分だけ負債の額が少なくなっています。また、A社の資金から役員退職金2億4000万円を支払っていますので、A社の現金はそれだけ少なくなり(3億円-2億4000万円)、流動資産としては、現預金6000万円、在庫1億円、売掛金1億円となって、流動資産の合計は2億6000万円となります。また、固定負債の内、役員退職金引当金については、下記の通り役員退職金が支払い済みとなりますので、役員退職金引当金の全額を取り崩すことになります。その結果、買収後におけるA社のバランスシートは、次のようになります。

流動資産2億6000万円  流動負債4億円
固定資産8億円   固定負債6億4000万
その他資産2億円  資本の部2億2000万円
資産合計12億6000万円  負債・資本合計12億6000万円

上記の内、固定負債については、金融機関への借入金5億円の返済を行いますが、親会社(B社)から金融機関からの借入金返済資金(短期借入金1億円と長期借入金5億円の合計6億円)を新たに借り入れることになりますので、その分6億円を固定負債に計上しています。また、従業員退職金引当金4000万はそのままですが、代表者への退職金は支払い済みですので、固定負債の内役員退職金引当金1億6000万円については全額が取り崩されることになります。資本の部が3億円から2億2000万円に8000万円少なくなっていますが、これは役員退職金引当金が1億6000万円だったところ、実際には2億4000万円を支給したため、差額の8000万円について利益準備金からの取り崩しがなされたためです。

一方、B社については、A社株式の評価額が取得価格である4億1000万円となり、B社への貸付金が6億円となりますので、現金が10億1000万円流出し、その代り株式4億1000万円と貸付金6億円を取得したことになります。

株式4億1000万円 / 現金10億1000万円
貸付金6億円

B社としては、M&Aの資金全額を内部資金の利用で賄うことは多くなく、ほとんどのケースでは金融機関からの借入で賄っていると思われます。例えば、B社が金融機関から10億円の借入を行っている場合のB社のバランスシートは次のようになります(B社のバランスシートもイメージを理解するために区切りのいい数字としています)。

(M&Aの前の段階)
流動資産50億円  流動負債50億円
固定資産100億円 固定負債100億円
その他資産20億円 資本の部20億円
資産合計170億円 負債・資本合計170億円

(M&Aの後の段階)
流動資産50億円  流動負債50億円
固定資産106億円 固定負債110億円
その他資産24億円 資本の部20億円
資産合計180億円 負債・資本合計180億円

B社にとって子会社貸付金は返済期間が長期となりますので固定資産となり、子会社株式については投資・その他の資産のうち、子会社・関係会社株式となります。

以上は中小企業におけるM&Aで考慮すべき事項を抽象化し、分かりやすく説明したものですが、A社の代表者にとっても、B社にとっても非常に魅力的なディールが行われたことになります。会社によっては80歳を過ぎた代表者が現役でバリバリと仕事をされている方も多くいらっしゃいますが、会社は永続性が求められる一方、経営者はいつまでも働けるわけではありませんから、自らやめ時を判断せざるを得ないことになります。従業員の雇用の確保や地域社会における会社の役割を考えた場合、代表者の決断が周りの人たちに大きな影響を与えるものであることを検討いただければと思います。

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office | 記事URL

2016年6月21日 火曜日

企業法務弁護士によるM&Aの手法

M&Aの手法
M&Aの手法としては、株式譲渡、事業譲渡、組織再編などがありますが、私達の経験上は7割程度は株式譲渡(第三者割当増資を含む)で、事業譲渡が2割、会社分割、株式交換などの組織再編行為が1割程度と思われます。従って、ほとんどのケースが株式譲渡と事業譲渡になりますので、最初にこれらの手法について確認してみたいと思います。

M&Aの手法としての株式譲渡
株式譲渡は、発行済みの株式の売買であり、売り手と買い手の合意によって行われます。合意はもちろん口頭でも可能ですが、後に争いとなった場合に売買があった事実を証明することが出来なくなる可能性がありますので、通常株式譲渡契約書を作成し、これに調印することによって行われます。また、株券発行会社においては、株券の交付が効力要件とされていますので(会社法128条1項)、売買代金の支払と同時に株券の引渡し(簡易の引渡しや占有移転の方法による引渡しを含みます)を行います。株券が発行されていない場合には、クロージング前に発行会社に依頼して株券の作成を行ってもらう必要があります。

多くの中小企業では、定款に株式の譲渡制限条項が定められています。すなわち、株式の譲渡を行うには、会社の取締役会の承認を要するとされています。これは、中小企業など規模の小さい企業では、会社の知らない人や会社にとって好ましくない人が株主になるのを防ぐため、株式の譲渡については会社の承諾(取締役会の承認決議)を要するとし、取締役会の承認のない限り株式の譲渡を認めないとする制度です。このように譲渡制限のある会社の株主が会社の株式を譲渡しようとする場合は、株式の譲渡承認請求を行うことになりますが(会社法136条)、会社の経営者が株式の譲渡を行う場合には、事前に譲渡承認請求書と譲渡承認にかかる取締役決議(取締役会議事録)を作成しておき、クロージングの際にはそれを相手方に渡すという方法が取られることになります。

また、株式の譲渡がなされた場合、株主名簿の書換えを行う必要があります(130条1項)。株主名簿への登録は会社との関係で対抗要件とされていますので、株主名簿への登録がない場合、買主は会社から株主として取り扱ってもらえないことになります。

このように株式譲渡契約書の作成、(譲渡制限会社においては)取締役会による譲渡承認、株主名簿の書換えが株式譲渡において必要な手続です。

M&Aの手法としての第三者割当増資
第三者割当増資も、第三者が株式の割り当てを受け、会社の株主となって会社の経営を支配するという点では、株式譲渡と類似の性質を有することになります。株式譲渡は既に発行済みの株式を譲渡する場合であるのに対し、第三者割当増資は、新しい株券を発行し、これを新しい経営者に取得させる手続きとなります。株式譲渡の場合、株式の譲渡代金は従前の株主に対して支払われ、株式の譲渡代金がその後の運転資金として利用されるわけではありません。会社の経営者のハッピーリタイアメントを考えている場合は、会社の経営者自身に買収資金を取得させる必要がありますので、株式譲渡の方法が取られることになりますが、会社を買収する第三者が、買収資金は会社に留保し、その資金で会社の運営や事業の再生を行いたいと考える場合には、第三者割当増資により、増資資金を会社に留保させることが必要となります。また、ケースによっては株式譲渡と第三者割当増資の両方が同時に行われることもあります。

第三者割当増資については、新株発行についての株主総会決議(大部分の中小企業は譲渡制限のある公開会社でない会社に該当しますので、第三者割当増資は株主総会の特別決議を要します)(会社法199条2項、309条2項5号)、株式の申し込み(会社法203条)、割り当て(会社法204条)、払込(会社法208条)、株主名簿への登録という手続きを踏むことになります。但し、M&Aにより会社の譲渡を行う場合は通常引受人は一人ですので、総数引受契約書を作成することにより、株式の申し込み、割り当てという手続きを省略することができます(会社法205条1項)。

M&Aの手法としての事業譲渡
事業譲渡もM&Aにおける重要な選択肢となります。新しいオーナー(譲受会社)が旧経営者から株式譲渡により会社の経営権を取得する場合(多くの場合発行済み株式総数の100%を取得することになると思われます)は、会社は新しいオーナー(譲受会社)の子会社となりますので、株式の譲受人は譲渡会社をそのままの形で全て買収することになります。譲受会社は株主有限責任により、取得した子会社に対して出資額(株式の買取額)以上の責任を負わないのが原則ですが、実際には親会社として子会社の運営について責任を負担するのが通常であり、万一譲り受けた会社に簿外債務が有ったり、裁判その他の法的問題が生じたりする場合であっても、親会社が責任をもって解決することになると思われます。このように株式譲渡の方法では、買収時においては買収先の会社の事業やリスクを選別することが出来ないのが原則です(もちろん組織再編などの方法を同時に行うことでこのようなリスクを遮断したりすることはよくあります)。

これに対し事業譲渡の方法では、移転される事業は売主と買主が協議で定めることができますので、会社の全ての事業を承継する場合もあれば、一部の事業のみを承継することもできます。また、資産の全部又は一部のみを承継し、債務についても必要なもののみを承継することも可能です。但し、事業譲渡契約では、個別の資産、負債の移転手続き(例えば債権譲渡の対抗要件を具備したり、契約上の地位を承継する契約関係にある取引先の同意を得るなど)が複雑となりますので、手続きに時間と費用が掛かってしまうことは理解しておく必要があります。

会社の事業の全部又は重要な一部の譲渡を行う場合は、株主総会の特別決議(発行済み株式総数の過半数を有する株主が出席し、出席株主の有する株式数の3分の2を所有する株主の同意を得ること)を要することになります(467条1項1号、2号、309条2項11号)。

事業譲渡を行う場合には事業譲渡契約書を作成し、移転する資産と承継される負債を明確に特定しておく必要があります。特に負債の承継については、従前販売した商品の瑕疵担保責任など、承継するのかどうかがはっきりしないところもありますので、承継する負債、承継しない負債を箇条書きの形で書きだすことにより明確に定めておくことが必要です。

また、移転する資産については、資産ごとの対抗要件を具備する必要がありますので、不動産については移転登記、動産については占有移転、指名債権については債権譲渡の対抗要件、特許など登録された知的財産権については、登録名義の変更、自動車については陸運局への登録変更などの手続をとる必要があります。また取引先との契約関係など契約上の地位の移転を行う場合には、取引先の個別同意が必要となります。また、従業員との契約については、一旦雇用契約を終了させ、承継会社との間で新規の雇用契約を締結することになりますので、従業員の地位の移転については、各従業員から個別に同意を得ることが必要となります。

M&Aの手法としての組織再編行為
組織再編行為としては、会社分割、株式交換、株式移転、合併などの方法があります。会社分割は会社の一事業部門を移転させる方法で、事業譲渡に類似する性質を有していますが、組織再編行為であることから、取引先の個別同意を必要としないなどの点で手続きが簡便であることから、多く利用されています。

合併は、会社を包括的に承継する手法であり、現金による対価の交付を必要としない点でメリットがありますが(例えば合併の場合、消滅会社の株主に対しては存続会社の株式を交付することになりますので、存続会社としては金銭の出費を伴うことなく他社を買収することができることになります)、承継する会社の資産内容などがはっきりしていないと簿外債務の存在など予期せぬリスクを背負ってしまうこともありますので、主には会社の財務内容が明確な大企業のM&A等で利用されることが多いと思われます。

M&Aにおける吸収分割と新設分割
吸収分割とは、分割を行う会社(分割会社)の事業部門を、分割を受ける会社(吸収分割承継会社)に移転させる手法で、新設分割とは、分割会社の事業部門を、新規に設立する会社に移転させる手法です。吸収分割または新設分割により、会社の資産、債務、雇用契約、その他の権利義務関係が承継会社又は新設会社に移転されることになります。

吸収分割の場合、分割会社の事業部門が他社(承継会社)に承継される点で事業譲渡に類似しています。しかし、事業譲渡が個々の権利関係の移転であって、個別の資産負債についてそれぞれ権利義務の移転手続きを行う必要があるのに対し、吸収分割、新設分割は組織再編行為に伴う包括移転ですので、個別の資産移転行為、対抗要件具備などは要しないことになります(もちろん不動産の登記や知的財産権の変更登録などの変更手続きは必要となります)。

吸収分割の場合、分割会社から承継会社に対して、分割会社の事業部門が移転されることになりますので、承継会社から分割会社に対して対価としての現金が支払われることになります。例えば資産3億、負債2億のA 会社が、資産・負債のほとんど全てをB会社に1億円で移転し、B会社はA会社に1億円の支払を行う場合が考えられます。この場合、B会社は、A会社との吸収分割契約書において好ましくない資産や負債の承継を拒むことが出来ますし、A会社としてもB会社から支払われた資金をもとに残債務を整理し、その後会社を解散させることで、残余財産を株主に分配することができます。

会社分割においては、どの資産と負債を承継させるかを分割契約書の中で定めることができますので、例えばA会社が重要な資産をB会社に移転した場合においてA会社に残された債権者は債権回収が出来なくなるなどの不利益を蒙る可能性があります。同様に、これまでA会社に対して債権を有していた債権者で、B会社に債務が承継された場合には、A会社に対してではなく、B会社に対して債務の支払を請求することになりますが、B会社が十分な資産を有していない場合には、債権の回収が出来なくなってしまう可能性があります。そこで、会社分割においては、債権者異議手続が定められており、知れたる債権者に対しては会社分割を行うことについての個別通知が必要となり、異議を述べた債権者に対しては、債務の弁済や担保の提供などを行う必要があります。

会社分割が行われた場合、当該事業部門に属する従業員についても個別の同意なく、雇用契約関係が承継会社ないし新設会社に移転することになります。従業員の側からすれば、A社に属していたにも関わらず、会社分割によって違う会社の社員とされてしまうわけですので、雇用契約上の地位が害されることになる可能性もあります。そこで、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」によって移転される従業員への通知や協議を行うことなどが定められており、従業員の地位が一方的に侵害されることのないよう配慮がなされることになります。

M&Aの手法としての合併
合併は組織再編行為の一つで、二つ以上の会社が一つの会社になる手続きです。合併を行う場合には、合併契約書を作成し、両方の当事者(会社)が調印するとともに、双方の会社の株主にとって重大な影響がありますので、合併を行う双方の会社において株主総会の特別決議を得る必要があります(但し、簡易合併の場合は存続会社の株主総会の特別決議は必要ない)。合併に反対の株主は、株主総会において合併決議の議案に反対票を投じることで、会社に対して自分の株式を買い取るよう請求することができます。合併には吸収合併と新設合併があります。

吸収合併
吸収合併では、存続会社(A社)が消滅会社(B社)の資産負債その他の権利関係を包括的に承継し、消滅会社(B社)は消滅することになります。消滅会社(B社)の株主に対しては存続会社(A社)の株式が交付されるのが通常ですが、金銭その他の財産を交付することもできます。消滅会社(B社)の株主に対して存続会社(A社)の株式が交付される場合、消滅会社(B社)の株主は存続会社(A社)の株主になることになります。その結果、従前のA社の株主と、A社株式の交付を受けたB社の株主の両方がA社の株主になることになります。B社の株主に対してどれだけのA社株式を交付するかは合併比率に応じて決定されることになります。B社の株主に対してA社の発行済み株式総数と同数の株式が交付される場合には、従前のA社の株主とB社の株主は同じ割合で(50%ずつの割合で)、A社の株式を保有することになります(対等合併)。

合併によってA社はB社の資産・負債、その他一切の権利関係を包括的に承継することになります。また、A社はB社の株主に対してA社の株式を交付することで足りますので、株式取得や事業譲渡と違い現金の支出を必要としません(消滅会社であるB社の株主に対して現金が交付されることもありますが事例としては少ないと思われます)。そこで海外の大規模なM&Aでは、現金支出を伴わない合併の方法が選択されることが多くあります。また、A社が上場会社で、B社が非上場会社の場合、B社の株主は合併により流動性のあるA社株式を取得できることになりますので、換金可能性が高まり、B社の株主にとっても好ましい結果となることもあります。

新設合併
新設合併では、新しい会社(新設合併設立会社)(C社)を設立し、A社及びB社の全ての資産・負債、その他の権利関係を新設合併設立会社(C社)に移転することになります。従前のA社の株主、B社の株主はいずれもC社の株主となります。A社の株主とB社の株主に対していくらの株式が発行されるかは、合併比率によって定まることになります。新設合併によりA社及びB社(これらを新設合併消滅会社といいます)はいずれも消滅することになります。

M&Aの手法としての株式交換
株式交換とは、B社(株式交換の結果A社の完全子会社となる会社)の株式と、A社(株式交換の結果B社の完全親会社となる会社)の株式とを交換する手続きです。株式交換によりB社の株主はA社の株式が交付され(B社の株式と交換にA社株式が交付される)、A社の株主となります。また、B社の株主が有していたB社株式はA社に移転しますので、A社はB社の発行済み株式の全てを取得し、B社の完全親会社となります。

株式交換の結果、従前のA社の株主と、A社株式の交付を受けたB社の株主の両方がA社の株主になります。B社の株主に対してA社の株式をどれだけ交付するか(株式交換比率)は、A社とB社の財務内容をもとに協議により定められることになります。

このように株式交換を行った場合、合併の場合と同様に、A社は現金の支出なしにB社を完全子会社にすることができます。また、B社の株主としても、例えばA社が上場会社である場合など株式の流動性がある場合には、株式の値上がり益を得たり、市場による売却で換金できるようになるなどのメリットがあります。

株式交換の場合も、株式交換契約書を作成し(会社法767条)、簡易株式交換の場合を除き、双方の株式会社で株主総会の特別決議を得ることが必要となります。反対株主に対して株式買取請求が認められることや、債権者異議手続があることなども合併と同様です。

M&Aの手法としての株式移転
株式移転とは、完全子会社となる会社(B社)が単独または共同して、その完全親会社(A社)を設立し、完全子会社となる会社(B社)の株式を完全親会社(A社)に移転し、完全親会社が設立に際して発行する株式を完全子会社となる会社(B社)の株主に移転する手続きです。

株式移転の結果、新設の会社(A社)はB社の完全親会社となり、それまでB社の株式を有していたB社株主はA社の株式を有することになります。

株式移転は完全親会社を設立するための手続で、持株会社を設立したり、持株会社の下に複数の会社をぶら下げることによって新しい企業グループを創設したりするために用いられます。

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2016年6月20日 月曜日

企業法務弁護士によるM&Aと事業承継

M&Aとは
M&Aとは、Merger & Acquisition(合併及び買収)の略で、会社の支配権を第三者に譲渡する方法です。Merger(合併)の言葉が最初に来ますが、M&Aの大部分のケースは株式譲渡か事業譲渡の形で行われます。大手企業のみならず中小企業にとってもM&Aは大切な選択肢になりますので、M&Aがどのようにして行われるかについて解説いたします。私達の事務所は企業法務専門の弁護士事務所ですので、多くの大企業から中小企業まで様々な形でM&Aの相談を受けております。M&Aの案件が持ち込まれるのは主に次のような場合です。

経営者の高齢化と事業承継に伴うM&A
戦後の日本経済の復興期において多くの中小企業が設立され、日本の経済発展に大きな貢献をしてきました。多くの中小企業の経営者はこのような経済環境のもとで、暖簾分けや先端技術をもとにした技術開発を中心として会社を設立し、事業を発展させてきています。ところが戦後70年を経過し、多くの経営者は70代、80代と高齢化しており、現在のままでの経営を継続するのが困難な状況となっています。私達の事務所にも70代後半や80代の経営者が相談に見られることも多くあります。

もちろん息子さんが会社の承継を行う場合には、問題が少なく、実際にも家族の誰かが会社の承継をするケースは多いと思われます。しかし、息子さんが一流企業に勤務している場合や、医師や弁護士などの専門資格を有して社会で活躍している場合は、これらの仕事をやめて会社の承継を行うのをためらうこともあります。また、経営者の側でも現在のような不安定な経済状況の下で、息子さんに事業の承継を強制することについては、逡巡されるのではないかと思われます。

マネージング・バイアウト
家族の間に事業を承継してくれる人が見つからない場合には、会社の役員や従業員などで会社の中心となって働いてくれた人に代表者になってもらい、会社を承継してもらうということも選択肢となります。このような形での事業の承継をMBO(マネージング・バイアウト)といいます。但し、中小企業にとっては役員や従業員による事業の承継には次のような問題があります。

後継者の不存在
現在では、会社の設立後10年以内に、およそ9割の会社が倒産しまたは会社を閉鎖しているといわれています。長期にわたり事業を継続してきた会社の設立者(ファウンダー)は、かなりの才覚をもって会社のかじ取りをしてきたものと思われますが、同様の役割を従業員に期待するのはかなり酷なことに思えます。もちろん大企業の下請けとして安定した収入を得てきた会社も多いと思われますが、大企業であっても経営危機に瀕する時代ですので、いつ下請け契約を切られるか分からない時代になっています。また、私達のお客さまでも、派遣法の改正など法律が改正することによってそれまで行っていた仕事がいっぺんに存在しなくなり、注文がなくなってしまうという例もあります。また、特定の企業との取引が大きい場合には、その会社が倒産したり、経営不振によって注文をいっぺんに減らされたり、取引条件を極めて厳しいものに改定するよう要求されたりすることもあります。たとえ大企業の下請けと言っても必ずしも安定した状況にあるとは言えません。これからの経営者には、取扱い分野の動向を把握し、新規顧客を獲得し、必要に応じて業務の転換を行うなどの難しい判断が求められます。また、コンプライアンスの厳しい時代ですので、外部はもちろん会社の内部に対してもしっかりとした目配りを行い、法令を順守し、時にはリストラクチャリングなど厳しい判断を勇気を持って行うことが求められることにもなります。運よく会社の内部からこのような人を輩出することが出来れば好ましいですが、財務の知識を有して計数にも強く、経営をしっかりと行っていってくれる人を探し出すのはかなり困難な作業となります。

代表者の個人保証の問題
日本の会社では、経営者が銀行からの借入を個人保証しているケースがほとんどで、代表者が交代した場合には、新しい代表者が銀行取引約定書を再度締結し、会社の借入について連帯保証を行う必要があります。従前の役員や従業員で会社の内容をよく知っているという人であっても、数億円の債務の負担を行うことについては、躊躇せざるを得ません。また、仮に役員や従業員が会社の社長になって連帯保証債務を承継してくれたとしても、従前の経営者が負担している連帯債務がなくなるわけではありません(判例上も、経営者が交代した後に発生した新規の借入については従前の連帯保証契約は及ばないが、経営者がいたときに発生した債務については、たとえ代表者が交代した後であったとしても、従前の代表者が連帯保証債務を負うとの判断がなされています)。もし代表者の交代をした後、数年後に新しい代表者の経営がうまくいかず会社が倒産する事態になれば、銀行は従前の代表者に対して債務の支払いを求めてくることになりますし、従前の代表者の自宅に抵当権が設定されている場合は、抵当権の実行により従前の代表者が自宅を失うことにもなりかねません。代表者の交代の際に従前の代表者について連帯保証債務をはずすよう金融機関に掛け合うことも考えられますが、通常金融機関はこのような依頼に応じてくれません。従前の代表者としては、代表取締役の交代を果たしただけでは安心して老後を迎えることはできませんし、その後何年も会社の経営が順調に続くかどうかを心配し続けなければならないことになります。

株式の買取代金の調達
会社内部の役員や従業員に会社を承継してもらう場合に更に問題となるのは、代表者の株式の買取代金をいかに調達するかということです。会社が長く継続している場合には、内部留保がたまり、株式の買取価格もかなり高くなっている可能性があります。もちろん、内部の役員等への譲渡になりますので、従前の経営者としてはかなり割り引いた金額での承継を提案することになると思われますが、それでも多くの事例では株式価格が数億円に上ることがあり、内部の役員や従業員がこれらの資金を調達することが難しいこともあります。最近では、いくつかの金融機関が事業承継の手助けを行うために、買収ファンド(MBOファンド)を設定し、株式の買取資金を融通する事例も見られるようになりましたが、MBOファンドによって資金の調達ができるのは会社に無担保または担保余力のある不動産がある場合や、多額の現金が会社に留保されている場合であって、何も資金の裏付けのない状態でMBOファンドが利用できるわけではありません。

M&Aによる問題の解決
このように事業の承継にはかなりの問題が多くありますが、M&Aを使う場合には上記の問題が一気に解決されることになります。中小企業のM&Aを行う会社は多くの場合同種の商品を取り扱う競合会社であったり、新規事業への進出を計画する会社であったりしますが、それなりの買収資金を有しているか、金融機関からの借入により買収資金の調達ができる場合に限られます。また、事業の承継会社や株式の購入会社自体が金融機関との取引を行っているのが通常ですから、譲渡会社が負っている現在の借入債務については、買収資金などによっていったん全額清算する(支払いを完了する)のが通常であり、連帯保証債務が存続することを心配する必要もなくなることになります。また、会社の買収を行う経営者自身これまで会社の経営を行ってきたわけですので、事業の承継により従業員の雇用を維持することができるなど将来の経営への心配もかなり少なくなることになります。

M&Aのタイミング(オーナー経営者のやめ時の判断)
M&Aが事業承継において重要な選択肢であったとしても、どこの会社でもM&Aにより会社の売却ができるというわけではありません。M&Aにはタイミングが極めて重要で、このタイミングを逃すと会社の売却の機会はほとんどなくなり、最後には会社の閉鎖や倒産を招く事態も考えられます。経営者からすれば会社を辞めるかどうかを判断するわけですので、様々な経営判断の中で最も重要かつ難しい判断の一つとなります。そこで私達が取り扱った事例の中でどのような場合にM&Aが可能であるかを見てみたいと思います。

内部留保のある会社
1つはこれまでの長年の事業の中で多額の内部留保を確保している会社です。経営者が高齢で、健康上の理由から会社での活動が難しくなりましたが、幸いに会社には数億円の内部留保があり、多額の現金を有していたことから、金融機関などの紹介で上場会社への事業の承継ができました。この事例では、経営者自身も多額の株式売却益を手にすることができ、老後の安定資金を確保することができただけでなく、買収した会社にとっても対象となった会社が有していた優良顧客を獲得することができ、地域的にも手薄であった市場に新たな拠点を築くことができました。また、従業員にとっても大手企業の傘下に入ることで、大手企業のグループ会社の一員となり待遇の改善や長期の安定した雇用が確保されることになりました。もちろんこのような事例は極めて幸運な事例かもしれませんが、M&Aによる事業承継が最も有効に機能する場面でもあります。

優良な顧客ないし技術を有する会社
優良な顧客や特殊の技術を有する会社もM&Aの対象としてふさわしい会社になります。買手企業(買収を行う会社)は同業者などであることが多いと思われますが、買収する会社からすれば、買収資金という確定した金銭により、通常得ることができない顧客を獲得し、事業の拡大を図ることができることになります。M&Aは時間とスピードを買うことであるといわれますが、買手企業からすれば、新規顧客開拓の手間や技術開発などの時間と手間を省くことが出来るわけですから、まさに時間とスピードを獲得することになります。新規の事業を行うことや新規顧客を開拓するためには、その実現可能性があるかどうかが判明しない中での投資を行うことになりますので一定のリスクを背負うことになりますが、M&Aで会社を買収する場合には、既に確定した顧客や安定した売り上げ、商品化された技術などが存在するわけですので、新規投資のリスクをかなり軽減できることになります。

市場の独占・寡占によるメリット
また、同業者による買収においては、市場の独占ないし寡占のメリットも得ることができることになります。例えば、世界に3社(A社、B社、C社)しかその該当製品を販売している会社がない中で、A社がB社を買収する場合には、世界の市場にはA社製品とC社製品しかなくなるわけですので、過度の競争によるダンピングなどもなくなり、価格が安定し収益力が著しく増す可能性もあります。もちろん、当該製品を取り扱う会社が世界に3社しかない場合には、独占禁止法による制限も出てきますが、極めてニッチな市場においては実際には、市場の取り方如何により競合社の数を多くみることも可能であり、独占状態にあるかどうかは必ずしもマーケットシェアだけでなく、市場規模なども考えて判断されることになりますので、直ちに独占禁止法に違反するということにはなりません。中小企業の場合、世界的規模でのマーケットの寡占という問題は起こらないかもしれませんが、例えばこれまで相見積もりをいつも出している会社があり、互いにダンピング合戦をしていたような場合には、一方が他方を買収することで、ダンピングを回避し、価格の安定を図ることも可能となります。また、限られた狭い地域にスーパーや歯科医が何店かある場合に、その一つを買収できた場合には、それだけ競争が少なくなり、過度の競争を回避できるという効果も考えられます。

債務超過の場合
私達が従前扱った事例では、赤字が何年も継続しているものの、まだ従前の内部留保を取り崩すことで事業を継続できている会社がありましたが、このような会社については、優良な顧客や特殊な技術を有する場合にはM&Aの対象となることがあります。しかし、赤字がさらに継続し、債務超過となった場合には、M&Aの対象になるのは難しくなってきます。もし経営者が債務超過になる前に適切なタイミングでM&Aの決断を行っていれば、事業を継続し、従業員の雇用を確保し、経営者にも一定の老後資金が確保できたにも拘わらず、M&Aのタイミングを逃したばかりに会社が破たんし、従業員を解雇せざるを得ず、経営者も連帯保証債務の支払により自宅を失うということになりかねません。

もちろん、債務超過の会社であっても、経営上の問題がありそれを改善することで収益性を確保できる場合には、経営上の問題解決に自信のある経営者は他社を安く買収できる機会であると判断する可能性もあります。また、会社全体としては赤字会社であるが一定の事業部門については利益を確保できている場合には、会社分割や事業譲渡の方法によりその事業部門のみを売却するということも考えられ、この場合その事業部門に属する社員の雇用が確保され、売却代金で会社の債務を返済するなど負担軽減措置を講じることも可能となります。

このように会社が債務超過の場合であってもM&Aによる会社の売却が出来なくなるわけではありませんが、実際上買手会社の探索は難しくなり、買収価格も低廉となる可能性が高いと言わざるを得ません。現在中小企業においてはおよそ7割の会社が経常利益段階で赤字であるということであり、会社の経営者としては、いつか売り上げが回復するとか新規事業で利益を得ることができると考えがちで、経営者の個人資産を会社に入れて会社の存続を図ることが多くありますが、会社が債務超過に陥る可能性がある場合には、事業継続の可能性に赤信号(少なくとも黄色信号)がともっているわけですので、是非ともM&Aによる会社売却の可能性についても検討される必要があるのではないかと思います。

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office | 記事URL

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