代表弁護士ブログ

2017年5月18日 木曜日

企業法務弁護士による遺産相続 可分債権の扱い

平成28年12月19日の最高裁決定は、預金債権については、当然に分割されるのではなく、遺産分割の対象となるというものですが、この意味について確認したいと思います。

民法896条では、「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」としていますので、現金や不動産のほか、債権や預金も相続人が承継することになります。また、民法898条では、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」とし、民法899条では、「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」とされています。

従って、現金、預金、不動産、債権については、いずれも相続財産であり、本来であれば共同相続人間で共有状態になると思われます。この共有については、民法の共有と性質的には同じですが、共有関係の解消については、民法に定める共有物分割手続き(民法256条)ではなく、遺産分割手続きによるべきとされています。遺産分割手続きとしては、共同相続人間の合意により遺産分割協議書を作成する方法と、共同相続人間で合意ができない場合には、家庭裁判所に申し立てをして遺産分割調停を行う必要があります。また、遺産分割調停の手続において協議が整わない場合や、協議が適切でないと思われる場合には、家庭裁判所が審判を行い、誰がどの財産を取得するかについては、最終的には家庭裁判所がその裁量に基づいて判断するということになります。

一方民法第三編第一章第三節では、「多数当事者の債権及び債務」について規定しており、第一款「総則」では、「数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。」と規定しています。すなわち債権を複数人が有する場合は、総則の規定が適用になり、各権利者は、等しい割合で権利を有することになります。この点から、可分債権(分割可能な債権)については、当然に分割がなされ、各債権者は分割された権利のみを取得するという結論が導かれることになります。

このことから、相続財産の中に含まれている可分債権については当然に分割され、各相続人は、遺産分割手続きを経ることなく、法定相続分に従った権利を取得するという結論になります。例えば、遺産の中に損害賠償請求権や、相続発生時よりも前に発生した債権(保険金支払請求権や家賃債権など)がある場合には、当然に分割されて各相続人がその権利を取得することになります。例えば、XがYに対して1000万円の損害賠償請求権を有していたところ、Xが死亡し、Xの長男Aと次男Bが法定相続をしたとします。この場合、AとBは、遺産分割手続きを経ることなく、Yに対してそれぞれ500万円の損害賠償請求権を取得することになります。

家賃債権についても同様の考えになりますので、Xが所有する建物をYに賃貸しており、Yが賃料(例えば1000万円)の支払いを怠っている場合には、AとBは500万円ずつ債権を承継することになりますので、例えばAがYに対して賃料支払請求訴訟を起こそうと考えた場合には、1000万円全額の請求をするのではなく、自己が取得した500万円分しか裁判を起こせないことになります。

もちろん、AがBからの委任を受け、Bの取得した債権についても一緒に権利行使することは可能ですが、AとBが遺産分割などで争っているような場合には、Bからの委任を受けることもできないため、裁判においては自己の権利部分しか権利行使できないことになります。

上記平成28年12月19日の最高裁決定は、可分債権についての上記の性質について変更をもたらすものではありませんから、遺産に含まれていた可分債権が当然に分割され、共同相続人が法定相続分に基づいて当然承継する(当然承継説)という前提自体は異なることはありません。

 会社の経営者が亡くなった場合によく問題となるのは、会社の経営者が会社(特に非上場の会社)に対して多額の貸付債権を有している場合です。会社の経営者が長年にわたり会社の経営を行ってきている場合には、時には資金不足で役員の報酬の支払もできないような事態に陥ることもよく考えられ、その場合、会社の代表者は自らの役員報酬を実際には受領せず、一旦支払われた報酬部分を会社に対して貸し付けたという形を取ることが多くあります。また、会社が多額の設備投資を検討している場合や、会社の資金繰りが困難になった状態で、会社自身が信用不足などの理由で金融機関からの借入を行うことができないような場合には、経営者が自ら金銭の借入を行い、その資金を会社に対して貸し付けたり、手持ち資金を会社に対して貸し付けたりすることは多くあります。また、経営者が会社に対して本社ビルや工場敷地を賃貸しているにも関わらず、会社に十分な資金がないことから、家賃を実際には受け取っていないという場合も考えられます。

 このような場合には、損益計算上は経営者から会社への貸付けとして認識され、会社の貸借対照表にも経営者からの借入債務として計上されることになります。このような貸借は、何十年にもわたって継続して行われており、返済と貸付が繰り返されていることから、会社の経営者についての遺産相続が発生した段階で、債権の発生原因となる証書が残っていないということも多くあります。また、数十年前から発生した債権であることなどの理由で、発生原因自体よく分からないということも多くあるのではないかと思われます。

 私どもで相談を受ける事案でも、会社の経営者が亡くなったあと、会社の貸借対照表を確認したところ、会社に対して1億円の債権があるが、このような債権は請求できるのかという相談を受けることがよくあります。実際には、債権の存在を会社が認めるかどうかや、会計帳簿がきちんと作成されていたかどうか、債権の発生原因としてどのようなことが考えられるのかを事案ごとに検討しなければなりませんが、原因証書が存在しない場合であっても、会社が貸借対照表に記載することで債務の存在を確認していることから、原則としては、会社に対する債権は存在するということになります。

 そこで、可分債権は相続開始時において当然分割され、法定相続分に基づいて各相続人が取得するという上記の原則が問題となってきます。例えば相続人であるAとBが会社に対する債権1億円を相続するとすると、各相続人は5000万円ずつの債権を取得し、会社に対してそのお金を返せと請求できることになることになります。例えば被相続人の長男のAが会社を承継した場合に、遺産分割が進まないことに腹を立てたB(次男)が会社に対して債権を行使し、5000万円の支払請求訴訟を起こすことが可能となるということになります。

 また、同様に、1000万円の未払家賃の請求を起こす場合であっても、他の共同相続人が了解しない場合(協力しない場合)には、法定相続分である500万円しか裁判を起こせないことになります。

一方、相続税との関係では、1億円の債権全額を相続財産に加算しなければならないのかが問題となります。相続税との関係では、債権の評価を行い、その評価額での申告ということになると思われます。

 上記のように、当然分割される可分債権については、遺産分割の対象とならないことになりますが、例えば相続人の一人が特別受益を受けていたような場合には、相続人間で不公平が生じてきます。これが、上記の最高裁決定で問題とされた点ですが、特別受益の問題については、別途詳細に述べたいと思います。

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2017年5月17日 水曜日

企業法務弁護士による遺産相続 預金債権の扱い(その3)

 裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
 私は多数意見に賛同するものであるが,以下のとおり,私見を付加しておきたい。
 多数意見は,遺産分割の仕組みが共同相続人間の実質的公平を図ることを旨として相続により生じた相続財産の共有状態の解消を図るものであり,被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましいことを前提に,預貯金が現金に極めて近く,遺産分割における調整に資する財産であることなどを踏まえて,本件で問題となっている各預貯金債権の内容及び性質に照らし,上記各債権が共同相続人全員の合意の有無にかかわらず遺産分割の対象となるとしたものであると理解することができる。
 私は,以上の点に加えて,預貯金債権は,その額面額をもって価額と評価することができることからしても,共同相続人全員の合意の有無にかかわらず遺産分割の対象となると考えるものである。
 遺産分割の審判においては,各相続人の具体的相続分の算定と取得財産の決定という二つの場面で,個別の相続財産の価額を評価することが求められる。前者については,被相続人が相続開始時において有した財産,遺贈や生前贈与として持ち戻される財産の価額に基づいて,寄与分を考慮した上で,各相続人の具体的相続分の価額及び割合が算定される(民法903条,904条の2)。後者については,遺産分割時に存在する財産をその時点の価額で評価した上で,各相続人の具体的相続分の割合に応じて,各相続人が取得する財産が定められる。
 しかるに,債権については,その有無,額面額及び実価(評価額)について共同相続人全員の合意がある場合を除き,一般的に評価が困難というべきである。そのため,債権を広く一般的に遺産分割の対象としようとすると,各相続人の具体的相続分の算定や取得財産の決定が困難となり,遺産分割手続の進行が妨げられ,その他の相続財産についても遺産分割の審判をすることができないという事態を生ずるおそれがある。共有状態にある相続財産については各相続人の権利行使が制約されることを考慮すると,このような状態はなるべく早く解消されるべきである。
 遺産分割の審判においては,共同相続人間の実質的公平を図るために特別受益の持戻しや寄与分の考慮を経て具体的相続分を算定して遺産分割が実現されるところ,債権を広く一般的に遺産分割の対象としようとして具体的相続分の算定が困難となり,その他の相続財産についても遺産分割の審判をすることができず,相続財産に対する各相続人の権利行使が制約される状態が続くことは,遺産分割審判制度の趣旨に反する。したがって,額面額をもって実価(評価額)とみることができない可分債権については,上記合意がない限り,遺産分割の対象とはならず,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものと解するのが相当である。なお,民法903条,904条の2は,同法第5編第3章第3節「遺産の分割」の前に位置するが,遺産分割の基準である具体的相続分を算定するためのものであるから,遺産分割の対象とならない上記可分債権は,これらの規定にいう「相続開始の時において有した財産」には含まれないと解される。
 これに対して,預貯金債権の場合,支払の確実性,現金化の簡易性等に照らし,その額面額をもって実価(評価額)とみることができるのであるから,上記可分債権とは異なり,これを遺産分割の対象とすることが遺産分割の審判を困難ならしめるものではない。
 したがって,預貯金債権は,共同相続人全員の合意の有無にかかわらず,遺産分割の対象となると解するのが相当である。
 裁判官大橋正春の意見は,次のとおりである。
 私は,原決定を破棄し,本件を原審に差し戻すとの多数意見の結論には賛成するものであるが,その理由については考えを異にするので,意見を述べたい。
 1 多数意見は,原決定による遺産分割の結果が著しく抗告人に不利益なものであり,その原因は預貯金債権が遺産分割の対象とならなかったことにあると考え,これを解決する方策として,判例を変更して,普通預金債権及び通常貯金債権は最高裁昭和27年(オ)第1119号同29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁にいう「可分債権」に当たらないとするものであると理解することができる。
 しかし,多数意見の立場は,問題の設定を誤ったものであり,問題の根本的解決に結び付くものでないだけでなく新たな問題を生じさせるものといわなければならない。預貯金債権を準共有債権と解したとしても,他の種類の債権について本件と同様に不公平な結果が生ずる可能性は依然として残されている。例えば,本件と,被相続人が判決で確定した国に対する国家賠償法上の損害賠償請求権を有していた事案とで結論が異なるのが相当なのかという疑問が生ずる。
 2 問題は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割される可分債権を遺産分割において一切考慮しないという現在の実務(以下「分割対象除外説」という。)にあるといえる。これに対して,私は,可分債権を含めた相続開始時の全遺産を基礎として各自の具体的相続分を算定し,これから当然に分割されて各自が取得した可分債権の額を控除した額に応じてその余の遺産を分割し,過不足は代償金で調整するという見解(以下「分割時考慮説」という。)を採用すべきものと考える。その理由は,次のとおりである。
 遺産の分割は,遺産全体の価値を総合的に把握し,これを共同相続人の具体的相続分に応じ民法906条所定の基準に従って分割することを目的とするものであり(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照),ここにいう「遺産全体」が相続開始時において被相続人の財産に属した一切の権利義務(同法896条)を指すことには疑問がない。したがって,遺産分割とは,相続開始時において被相続人の財産に属した一切の権利義務を具体的相続分に応じて共同相続人に分配することであるといえる。これに対して,分割対象除外説は,遺産を構成する個々の相続財産の共有関係(同法898条)を解消する手続が遺産分割であると捉え,かつ,可分債権について共有関係が生じないと解して,可分債権は遺産分割の対象とならないものとする。しかし,個々の相続財産の共有関係を解消する手続は,遺産全体を具体的相続分に応じて共同相続人に分配するという遺産分割を実現するための手続にすぎないのであるから,この意味における遺産分割の適切な実現を阻害する分割対象除外説を採用することはできず,分割時考慮説が正当なものと考えられる。
 分割対象除外説によれば,遺産分割時に預貯金が残存している場合には,具体的相続分に応じた分配をすることができるのに対し,共同相続人の1人が被相続人の生前に無断で預貯金を払い戻した場合には,被相続人が取得した損害賠償請求権又は不当利得返還請求権について具体的相続分に応じた分配をすることができない。これに対して,分割時考慮説によれば,後者の場合においても具体的相続分に応じた分配をすることができ,結果の衡平性という点においてより優れている。また,遺言をしない被相続人の中には法律の規定に従って遺産分割が行われることを期待した者がいると考えられるところ,法律の専門家でない一般の被相続人としては,遺産を構成する債権が可分債権であるか否かによって結果は異ならないと期待していたと考えるのが自然である。したがって,分割対象除外説は被相続人の期待に反する結果を生じさせるものということができる。
 分割時考慮説を採用することにより,家事審判事件が増加し,家庭裁判所の負担が増加することが考えられる。しかし,家庭裁判所の実務では当事者の合意を前提に可分債権を遺産分割の対象とすることがかなりの範囲で行われていること,分割時考慮説と分割対象除外説とで極端な結論の違いが生ずるのはまれで,多くの場合には具体的相続分と法定相続分の乖離は小さいと推測されることなどからすると,家庭裁判所における適正な事務処理を阻害するような著しい負担の増加はないであろうと考える。
 よって,分割対象除外説に基づく原決定を破棄し,分割時考慮説に基づき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当であると考えるものである。
 3 最後に,普通預金債権及び通常貯金債権を準共有債権とすると,問題の根本的解決にならないばかりか新たな不公平を生み出すほか,被相続人の生前に扶養を受けていた相続人が預貯金を払い戻すことができず生活に困窮する,被相続人の入院費用や相続税の支払に窮するといった事態が生ずるおそれがあること,判例を変更すべき明らかな事情の変更がないことなどから,普通預金債権及び通常貯金債権を可分債権とする判例を変更してこれを準共有債権とすることには賛成できないことを指摘しておきたい。

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2017年5月17日 水曜日

企業法務弁護士による遺産相続 預金債権の扱い(その2)

 裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。
 共同相続が発生したとき,相続財産は民法898条,899条により相続分に応じた共有となる。その財産が金銭の給付を目的とする債権であっても同様である。当該債権については民法264条の規律するところになるのであるが,同条の特則としての民法427条により相続人ごとに分割されて相続人の数だけ債権が存在することとなると考えられているところである。しかし,共同相続においては上記のとおりまず準共有状態が発生するのであるから,分割を阻害する要因があれば,分割されずに準共有状態のまま存続すると解することが可能である。普通預金契約(通常貯金契約を含む。以下同じ。)の本体は消費寄託契約ではあるが,そればかりではなく,付随して口座振替等の準委任契約が締結されることも多いのであって,普通預金が決済手段としての性格を強めていることは多数意見の指摘するとおりである。そうすると,普通預金債権を共同相続した場合には,共同相続人は同時に準委任契約上の権利義務もまた相続により承継することになる。例えば口座振替契約の解約を行う場合は,それは性質上不可分な形成権の行使であり,かつ,処分行為であるから民法251条により相続人全員で行わなければならない。ところが預貯金債権が当然に分割され各人の権利行使が認められることになると,共同相続人の一人が自己の持分に相当する預貯金を全額払い戻して預貯金債権を行使する必要がなくなる結果,預貯金契約自体あるいは口座振替契約等についての処理に支障が生ずる可能性がある。また,各別の預貯金債権の行使によって,1個の預貯金契約ないし一つの口座中に,共同相続人ごとに残高の異なる複数の預貯金債権が存在するという事態が生じざるを得ない。このような事態は,振込等があって残高が変動しつつも同一性を保持しながら1個の債権として存続するという普通預金債権の性質に反する状況ともいい得るところであり,また普通預金契約を締結する当事者の意思としても認めないところであろう。共同相続の場合には,普通預金債権について相続人各別の行使は許されず,準共有状態が存続するものと解することが可能となる。以上のとおりであるから,多数意見の結論は,預貯金債権について共同相続が発生した場合に限って認められるものであろう。
 ところで,私は,民法903条及び904条の2の文理並びに共同相続人間の実質的公平を実現するという趣旨に鑑みて,可分債権は共同相続により当然に分割されるものの,上記各条に定める「被相続人が相続開始の時において有した財産」には含まれると解すべきであり,分割された可分債権の額をも含めた遺産総額を基に具体的相続分を算定し,当然分割による取得額を差し引いて各相続人の最終の取得額を算出すべきであると考えている。従前は預貯金債権も当然に分割される可分債権に含まれると考えてきた。しかし,最高裁判所が権利の性質を詳細に検討して少しずつ遺産分割の対象財産に含まれる権利を広げてきたという経緯,預貯金債権も遺産分割の対象とすることが望ましいとの結論の妥当性,そして上記のとおり理論的にも可能であるという諸点から多数意見に賛同したいと思う。ただ,当然に分割されると考えられる可分債権はなお各種存在し,預貯金債権が姿を変える場合もあり得るところ,それらについては上記のとおり具体的相続分の算定の基礎に加えるなどするのが相当であると考える。
 裁判官大谷剛彦,同小貫芳信,同山崎敏充,同小池裕,同木澤克之の補足意見は,次のとおりである。
 従来,預貯金債権は相続開始と同時に当然に各共同相続人に分割され,各共同相続人は,当該債権のうち自己に帰属した分を単独で行使することができるものと解されていたが,多数意見によって遺産分割の対象となるものとされた預貯金債権は,遺産分割までの間,共同相続人全員が共同して行使しなければならないこととなる。そうすると,例えば,共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある,あるいは,被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなどの事情により被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要があるにもかかわらず,共同相続人全員の同意を得ることができない場合に不都合が生ずるのではないかが問題となり得る。このような場合,現行法の下では,遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分として,例えば,特定の共同相続人の急迫の危険を防止するために,相続財産中の特定の預貯金債権を当該共同相続人に仮に取得させる仮処分(仮分割の仮処分。家事事件手続法200条2項)等を活用することが考えられ,これにより,共同相続人間の実質的公平を確保しつつ,個別的な権利行使の必要性に対応することができるであろう。
 もとより,預貯金を払い戻す必要がある場合としてはいくつかの類型があり得るから,それぞれの類型に応じて保全の必要性等保全処分が認められるための要件やその疎明の在り方を検討する必要があり,今後,家庭裁判所の実務において,その適切な運用に向けた検討が行われることが望まれる。
 裁判官鬼丸かおるの補足意見は,次のとおりである。
 私は,多数意見に賛同するものであるが,普通預金債権及び通常貯金債権の遺産分割における取扱いに関して,以下のとおり私見を付したい。
 1 遺産分割とは,被相続人の死亡により共同相続人の遺産共有に属することとなった個々の相続財産について,その共有関係を解消し,各共同相続人の単独所有又は民法第2編第3章第3節の共有関係にすることであるから,遺産分割の対象となる財産は,相続開始時に存在し,かつ,分割時にも存在する未分割の相続財産であると解される。そして,多数意見が述べるとおり,普通預金債権及び通常貯金債権は相続開始と同時に当然に分割される債権ではないから,相続人が数人ある場合,共同相続人は,被相続人の上記各債権を相続開始時の残高につき準共有し,これは遺産分割の対象となる。一方,相続開始後に被相続人名義の預貯金口座に入金が行われ,その残高が増加した分については,相続を直接の原因として共同相続人が権利を取得するとはいえず,これが遺産分割の対象となるか否かは必ずしも明らかでなかった。
 しかし,多数意見が述べるとおり,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在するのであるから,相続開始後に被相続人名義の預貯金口座に入金が行われた場合,上記契約の性質上,共同相続人は,入金額が合算された1個の預貯金債権を準共有することになるものと解される。
 そうすると,被相続人名義の預貯金債権について,相続開始時の残高相当額部分は遺産分割の対象となるがその余の部分は遺産分割の対象とならないと解することはできず,その全体が遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。多数意見はこの点について明示しないものの,多数意見が述べる普通預金債権及び通常貯金債権の法的性質からすると,以上のように解するのが相当であると考える。
 2 以上のように解すると,①相続開始後に相続財産から生じた果実,②相続開始時に相続財産に属していた個々の財産が相続開始後に処分等により相続財産から逸出し,その対価等として共同相続人が取得したいわゆる代償財産(例えば,建物の焼失による保険金,土地の売買代金等),③相続開始と同時に当然に分割された可分債権の弁済金等が被相続人名義の預貯金口座に入金された場合も,これらの入金額が合算された預貯金債権が遺産分割の対象となる(このことは,果実,代償財産,可分債権がいずれも遺産分割の対象とならないと解されることと矛盾するものではない。)。この場合,相続開始後に残高が増加した分については相続開始時に預貯金債権として存在したものではないところ,具体的相続分は相続開始時の相続財産の価額を基準として算定されるものであることから(民法903条,904条の2),具体的相続分の算定の基礎となる相続財産の価額をどう捉えるかが問題となろう。この点については,相続開始時の預貯金債権の残高を具体的相続分の算定の基礎とすることが考えられる一方,上記②,③の場合,当該入金額に相当する財産は相続開始時にも別の形で存在していたものであり,相続財産である不動産の価額が相続開始後に上昇した場合等とは異なるから,当該入金額に相当する相続開始時に存在した財産の価額を具体的相続分の算定の基礎に加えることなども考え得るであろう。もっとも,具体的相続分は遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するのであるから(最高裁平成11年(受)第110号同12年2月24日第一小法廷判決・民集54巻2号523頁参照),早期にこれを確定することが手続上望ましいところ,後者の考え方を採る場合,相続開始後の預貯金残高の変動に応じて具体的相続分も変動し得ることとなり,事案によっては具体的相続分の確定が遅れかねないなどの遺産分割手続上の問題が残される。従来から家庭裁判所の実務において,上記①~③の財産も,共同相続人全員の合意があれば具体的相続分の算定の基礎ないし遺産分割の対象としてきたとみられるところであり,この問題については,共同相続人間の実質的公平を図るという見地から,従来の実務の取扱いとの均衡等も考慮に入れて,今後検討が行われることが望まれよう。
(その3に続く)

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office | 記事URL

2017年5月17日 水曜日

企業法務弁護士による遺産相続 預金債権の扱い(その1)

 会社の経営者が亡くなられた場合の遺産相続については、一般の遺産相続の場合と異なり、誰が会社の後を継ぎ、その後の会社の経営をどのようにしていくか、また遺産の大部分を占めるであろう会社の株式の評価をどのようにするかなど、特殊な考慮が必要になってきます。
 遺産相続については、従前から多くの判例が出されていますが、平成28年12月19日に銀行預金の扱いに関する画期的な最高裁判所の決定がなされました(最高裁判所大法廷決定/平成27年(許)第11号)。これまで、銀行預金債権は可分債権であり、相続開始とともに当然分割されるので、各相続人に法定相続分に応じて当然に帰属し、遺産分割の対象とならないとされていましたが、このような扱いの変更を求めるものです。理論的な面を含めて実務への影響の非常に大きな決定であると考えられます。
 本稿では、会社の経営者が亡くなられた場合の遺産分割について広く述べることを目的としていますが、まず上記の最高裁判所の決定の理由と裁判官の補足意見を見てみたいと思います。

 抗告代理人久保井一匡ほかの抗告理由について
 1 本件は,Aの共同相続人である抗告人と相手方との間におけるAの遺産の分割申立て事件である。
 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 抗告人は,Aの弟の子であり,Aの養子である。相手方は,Aの妹でありAと養子縁組をしたB(平成14年死亡)の子である。
 (2) Aは,平成24年3月▲日に死亡した。Aの法定相続人は,抗告人及び相手方である。
 (3) Aは,原々審判別紙遺産目録記載の不動産(価額は合計258万1995円。以下「本件不動産」という。)のほかに,別紙預貯金目録記載の預貯金債権(以下「本件預貯金」と総称する。)を有していた。抗告人と相手方との間で本件預貯金を遺産分割の対象に含める合意はされていない。
 Bは,Aから約5500万円の贈与を受けており,これは相手方の特別受益に当たる。
 3 原審は,上記事実関係等の下において,本件預貯金は,相続開始と同時に当然に相続人が相続分に応じて分割取得し,相続人全員の合意がない限り遺産分割の対象とならないなどとした上で,抗告人が本件不動産を取得すべきものとした。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 相続人が数人ある場合,各共同相続人は,相続開始の時から被相続人の権利義務を承継するが,相続開始とともに共同相続人の共有に属することとなる相続財産については,相続分に応じた共有関係の解消をする手続を経ることとなる(民法896条,898条,899条)。そして,この場合の共有が基本的には同法249条以下に規定する共有と性質を異にするものでないとはいえ(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁参照),この共有関係を協議によらずに解消するには,通常の共有物分割訴訟ではなく,遺産全体の価値を総合的に把握し,各共同相続人の事情を考慮して行うべく特別に設けられた裁判手続である遺産分割審判(同法906条,907条2項)によるべきものとされており(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照),また,その手続において基準となる相続分は,特別受益等を考慮して定められる具体的相続分である(同法903条から904条の2まで)。このように,遺産分割の仕組みは,被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから,一般的には,遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく,また,遺産分割手続を行う実務上の観点からは,現金のように,評価についての不確定要素が少なく,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。
 ところで,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点においては,本件で問題とされている預貯金が現金に近いものとして想起される。預貯金契約は,消費寄託の性質を有するものであるが,預貯金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には,預貯金の返還だけでなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,定期預金の自動継続処理等,委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも多く含まれている(最高裁平成19年(受)第1919号同21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号228頁参照)。そして,これを前提として,普通預金口座等が賃金や各種年金給付等の受領のために一般的に利用されるほか,公共料金やクレジットカード等の支払のための口座振替が広く利用され,定期預金等についても総合口座取引において当座貸越の担保とされるなど,預貯金は決済手段としての性格を強めてきている。また,一般的な預貯金については,預金保険等によって一定額の元本及びこれに対応する利息の支払が担保されている上(預金保険法第3章第3節等),その払戻手続は簡易であって,金融機関が預金者に対して預貯金口座の取引経過を開示すべき義務を負うこと(前掲最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決参照)などから預貯金債権の存否及びその額が争われる事態は多くなく,預貯金債権を細分化してもこれによりその価値が低下することはないと考えられる。このようなことから,預貯金は,預金者においても,確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められているといえる。
 共同相続の場合において,一般の可分債権が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるという理解を前提としながら,遺産分割手続の当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とするという運用が実務上広く行われてきているが,これも,以上のような事情を背景とするものであると解される。
 (2) そこで,以上のような観点を踏まえて,改めて本件預貯金の内容及び性質を子細にみつつ,相続人全員の合意の有無にかかわらずこれを遺産分割の対象とすることができるか否かにつき検討する。
 ア まず,別紙預貯金目録記載1から3まで,5及び6の各預貯金債権について検討する。
 普通預金契約及び通常貯金契約は,一旦契約を締結して口座を開設すると,以後預金者がいつでも自由に預入れや払戻しをすることができる継続的取引契約であり,口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが,その結果発生した預貯金債権は,口座の既存の預貯金債権と合算され,1個の預貯金債権として扱われるものである。また,普通預金契約及び通常貯金契約は預貯金残高が零になっても存続し,その後に入金が行われれば入金額相当の預貯金債権が発生する。このように,普通預金債権及び通常貯金債権は,いずれも,1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るものである。そして,この理は,預金者が死亡した場合においても異ならないというべきである。すなわち,預金者が死亡することにより,普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ,その帰属の態様について検討すると,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。そして,相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが,預貯金契約が終了していない以上,その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され,その後口座に入金が行われるたびに,各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に,入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは,預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり,その合理的意思にも反するとすらいえよう。
 イ 次に,別紙預貯金目録記載4の定期貯金債権について検討する。
 定期貯金の前身である定期郵便貯金につき,郵便貯金法は,一定の預入期間を定め,その期間内には払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するものと定め(7条1項4号),原則として預入期間が経過した後でなければ貯金を払い戻すことができず,例外的に預入期間内に貯金を払い戻すことができる場合には一部払戻しの取扱いをしないものと定めている(59条,45条1項,2項)。同法が定期郵便貯金について上記のようにその分割払戻しを制限する趣旨は,定額郵便貯金や銀行等民間金融機関で取り扱われている定期預金と同様に,多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上,貯金の管理を容易にして,定期郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図ることにあるものと解される。
 郵政民営化法の施行により,日本郵政公社は解散し,その行っていた銀行業務は株式会社ゆうちょ銀行に承継された。ゆうちょ銀行は,通常貯金,定額貯金等のほかに定期貯金を受け入れているところ,その基本的内容が定期郵便貯金と異なるものであることはうかがわれないから,定期貯金についても,定期郵便貯金と同様の趣旨で,契約上その分割払戻しが制限されているものと解される。そして,定期貯金の利率が通常貯金のそれよりも高いことは公知の事実であるところ,上記の制限は,預入期間内には払戻しをしないという条件と共に定期貯金の利率が高いことの前提となっており,単なる特約ではなく定期貯金契約の要素というべきである。しかるに,定期貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定期貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。他方,仮に同債権が相続により分割されると解したとしても,同債権には上記の制限がある以上,共同相続人は共同して全額の払戻しを求めざるを得ず,単独でこれを行使する余地はないのであるから,そのように解する意義は乏しい。
 ウ 前記(1)に示された預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。
 (3) 以上説示するところに従い,最高裁平成15年(受)第670号同16年4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである。
 5 以上によれば,本件預貯金が遺産分割の対象とならないとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官岡部喜代子の補足意見,裁判官大谷剛彦,同小貫芳信,同山崎敏充,同小池裕,同木澤克之の補足意見,裁判官鬼丸かおる,同木内道祥の各補足意見,裁判官大橋正春の意見がある。
(その2に続く)

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