事務所ブログ

2016年2月25日 木曜日

法務航海日誌〈8〉-タイタニックIIが先か、ロッテルダム・ルールか

弁護士 山原 英治

2016年2月25日
東京 晴れ 西南西 1.2m/s

タイタニックIIが先か、ロッテルダム・ルールか

1912年4月14日23時40分、大西洋上、処女航海で氷山と衝突し沈没したタイタニック号(英国ホワイト・スターライン社)遭難事件は海事関係者に衝撃を与え、例えば乗船者数をカバーするだけの救命ボートを設置しなくてはならないといった諸規制を生み出しました(SOLAS条約 - 海上における人命の安全のための国際条約)。 タイタニック号の件は私も「法律意見書の読み方」に一章を求め当事務所HPでも掲載していますが、現代に連なる海事関係諸法令、特殊な制度に関わるため、私も「海事大学」という若手向けの海事法務教育を開催するときには好んで題材として取り上げてきました。

タイタニック号遭難事件は広く知られているところですが、タイタニック号の当時の粋を集めたその豪華な内装・設備も一見の価値があります。ちょうど2012年が遭難100周年だったので私も展示会で調度や什器などの現物を観覧しました。勿論本船自体は現在も海底に沈んだままですが、一部引き揚げられた物もあります。また、タイタニック号にはオリンピック号という姉妹船が同時並行で建造されたため、多くの設備、調度、什器等に共通性がありますから、その現物を観ることができるわけです。オリンピック号は第一次大戦でドイツ軍潜水艦の雷撃をかわし、その妹と異なり強運、長命でした。


(建造中のタイタニック号とオリンピック号。右側本船左舷と下の看板に「オリンピック」の文字が見え、オリンピック号の建造が先行したことが分かる)

時空を越えてタイタニック号に乗ってみたい? 

ちょうどタイタニック号100周年前後からの話題だったのですが、豪州の大富豪が最新テクノロジーを搭載した「タイタニックII」を建造するというので注目されていました。運航会社はその名も「ブルースター・ライン社」(本社・ブリスベーン)。外観デザインと基本設計をフィンランドのデルタマリーン、建造を中国長航重工金陵造船所、運行管理をVシップスレジャーに委託、英国ロイドレジストリーが加わる、などとの動きもあり、最近厳しい話が多い海事関係の中でこれは久々に夢のある話かと期待が膨らみました。

... が、その後この話題をほとんど聞かなくてどうなったのかなぁ?と思っていたら、昨日2月24日付で「タイタニックII構想 中止の公算 現地紙も否定せず」との報道がありました。まだ完全に断念というわけではないようですが、資金繰りなどの事情でなかなか「出航」できないようです。

こんな報道を読んでいて、そういえば「あの『ロッテルダム・ルール』ってどうなっちゃったのかな?」と思い出したのが、今日のポイントです。

現在の外航海上運送において荷主と運送人(つまり海運会社)との間の権利義務関係を規律するルールとして、「ヘーグ・ルール」、それを改訂した「ヘーグ・ヴィスビー・ルール」というのがあります(日本の場合、後者を取り入れて国際海上物品運送法となっています。適用範囲など細かいところが若干違いますが)。タイタニック号の頃、船社側が貨物に損害を生じさせた場合でも一方的に大きな免責を荷主に対して主張できるような偏った有利な条項が船荷証券(B/L)に挿入されていて問題になっていました。現代と違って昔の船社さんは荷主に対してかなり強気だったようですね!そこで海上運送の特殊性を踏まえつつ、相互の権利義務関係を一部強行法規化するなどして合理的に調整しようとしたルールです。

ところで「ヘーグ・ルール」(1924年船荷証券統一条約)、「ヘーグ・ヴィスビー・ルール」(1968年改正議定書)から更に海上運送を取りまく状況も変化しており、例えばコンテナ船への対応やら今般の商法(運輸・海事)改正でもbig論点の一つになっている「荷送人の危険品申告義務」などへの対応やら、各国の採用するルールの統一を図る必要性が大きくなってきたため、新たなルールとして「ロッテルダム・ルール」が2008年12月に国連総会で可決されたわけです。但し、英国や日本をはじめとする海運国はこれを批准していないため、他国追随への影響を含め大荷主国の米国がどうするのか大注目されていました。私が2013年12月16日にロッテルダム・ルールの第一人者である米国マイケル・F・スターレイ教授、日本の藤田友敬教授の特別講演会(於 海運クラブ)を聞いたところでは米国の批准の遅れは事務的な問題にすぎない、時間の問題とのことでしたので、海事関係者は「すわ、対応をっ!」と浮足立ったのです(例えば上述の荷送人の危険品申告義務に関して、先日漸く要綱としてまとまった商法改正案では過失推定ベースの過失責任主義ですが、ロッテルダムルールでは無過失責任)。


(タイタニックIIのCafé Parisienイメージ。
出典:http://titanic-ii.com/cafe-parisien

... が、条約批准なので上院の承認も必要のはずですが、その後オバマ政権も中東対応やら色々難題で忙しいらしく、米国側から何も進捗が聞こえてきません。この間、2年間進めてきた商法改正法制審でも一応現行「ヘーグ・ヴィスビー・ルール」ベースで議論することが冒頭で申し合わされましたので、時折個別論点で「ご参考までに」ベースでロッテルダム・ルールはという時には藤田教授(法制審幹事)が権威としてご説明されていたくらいにとどまっていました。

批准断念というわけでもないようですが、こちらもタイタニックII同様、なかなか「出航」できないようです。
         航海継続

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2016年2月16日 火曜日

法務航海日誌〈7〉-スカリア米国連邦最高裁判事の死去

弁護士 山原 英治

2016年2月16日
東京 晴れ 南南東 4.5m/s

スカリア米国連邦最高裁判事の死去

前回米国大統領予備選の話を書いたところで更に米国Newsとして飛び込んできたのがアントニン・スカリア米連邦最高裁判事の死去です。休暇先での平穏な死去とのことですが、何しろ現在リベラル派判事が4人、保守派判事がスカリア判事を含む5人でしたから、スカリア判事の残した「一票」は極めて大きな意味があります。ご存知の通り米社会内には銃規制や中絶の可否など重要な諸論点で厳しい対立があります。連邦最高裁判事は終身、一旦任命されれば長期間重要な論点を支配し続けます。今後、リベラルを体現するオバマ大統領の最高裁判事指名と保守を体現する(共和党が多数派を占める)米議会承認との間で熾烈な綱引きは必至。大統領選への影響も必至。両派間の「合意」が成るのか。「合意」など無効だ、などと一部の主張も出るやもしれず、今後予断を許さない状況です(もう「次の大統領が決まるまで空席にしろ!」という意見も出てますが、宿題山積の中でそれでいいの? という疑問はあり)。


(NY Times front pageより。米最高裁前のスカリア判事への哀悼の花束)

東京地裁によるカリフォルニア州合意管轄「無効」判決

ところで合意といえば我々の仕事では契約書での当事者の合意が法的に有効で執行力あること(要するに裁判所が契約書で決めたとおり強制力を認めてくれること)が最も重要なわけです。やれ売り買いした品物をいつまでに引き渡せ、支払金額はいくら、いついつ支払う、支払わない場合には損害賠償金いくら、などなどと、交渉で決めたことを契約書に落とし込むわけです。ほとんどの場合契約書に書かれた約束は守られるわけですが、ときにはこの約束が破られることがある。

買主「おいおい、トイ・プードルを買ったのに、ネコが送られてきたぞ!」
売主「いや、あんたが『これ、買う!絶対買う!!』って指さししたのはこれ。トイ・プードル風のネコなのっ!!」

... まさかトイ・プードル似の猫はあんまりいないと思いますが、契約当事者間で絶対紛議が生じないという保証はないですね。特に国際関係の取引では文化的な違いもあり紛争になりやすいですから、万が一のために予め裁判(あるいは仲裁)で解決することを合意しておけば安心です(合意裁判管轄)。

ところが、本日の報道によると、アップル社と「部品下請け」の島野製作所との間で契約上の紛争で、東京地裁が中間判決で両者間のカリフォルニア州での裁判合意を「無効」と判じたとのことで、関係者間に衝撃が走っています(「国際裁判管轄、企業間合意に初の無効 アップル訴訟を国内審理へ」:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160216-00000059-san-soci)。通常、日本の裁判所は両当事者の合意管轄について尊重する態度をとってきたためです。国際的な取引で合意裁判管轄(正確に言うとシンガポール仲裁規定でした)が無効と裁判所に判断されたケースは私の経験では東南アジアの某国裁判所であり(私が起案したものではないです。念のため)、それは「公序良俗」に反するという理由でした。「公序良俗」なら日本でも裁判所がそう判断する余地があります(契約書の法的執行力に関する法律意見書でもその点は「留保」の対象です)。が、報道によると:

千葉裁判長は「裁判管轄の合意は、国際事件であれ国内事件であれ、一定の法律関係に基づいた訴えに関して結ばれたものでない限り無効だ。それは片方の当事者が不測の損害を受けることを防ぐためだ」と指摘。「両社の合意は『契約内容との関係の有無などにかかわらず、あらゆる紛争はカリフォルニア州の裁判所が管轄する』としか定められていない」とし、合意は広範すぎるため無効と判断した。

とのことですから、この東京地裁の担当千葉判事の判断は「公序良俗」違反を理由にしたものではないようです(なお島野製作所の主張する「優越的地位の濫用」論でもないようです)。

まだ出たばかりなのでこの簡単な記事からの推測にとどまりますが、「公序良俗」ではないとしたら、こういうことではないでしょうか。通常標準的な合意管轄規定は例えば次のようなものです(専属合意管轄の場合):
 
The parties, and each party of them, hereby consent to and confer exclusive jurisdiction upon any court in the State of California over and action of proceedings arising of or relating to this Agreement.

通常は上記下線部分のように、「この契約書に関する紛議はカリフォルニア州の裁判所が管轄を有する」と「あくまでのこの契約に関する紛議」に限定しています。ところが今問題となっている契約書では「両当事者の一切の紛議は(この契約に関係するかどうかに関わらず)カリフォルニア州の裁判所に管轄を認める」と書いているのではないでしょうか? 契約交渉の現場では、商売上有利な側が最初に提示してくる契約書の起案でたまに見かけますが、これは標準的な規定からはかなり「行っちゃっている」規定振りであり、日本の裁判官が「それはあまりにも射程が広すぎる」と判断するリスクが実はあったということでしょう。

なんでもかんでも契約で合意すればいい、交渉相手方に飲ませればいい、というわけではないということです。なお上記の報道は合意を「無効」と報道していますが、正確にはその合意自体は有効だけれど、この両社間の具体的な紛議、請求権に関してはその合意の「射程外」だった、という意味かもしれません。またそのうち詳しい情報が入ってくると思いますので注目しましょう。
        
航海継続

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office | 記事URL

2016年2月10日 水曜日

法務航海日誌〈6〉-「コーカス」って何かの動物?

弁護士 山原 英治

2016年2月10日
東京 晴れ 北北西 6m/s

「コーカス」って何かの動物?

今朝あたりからニューハンプシャー州での米国大統領予備選の結果が聞こえてきました。アイオワ州での第一戦では共和党は過激な発言で知られるトランプ氏をテッド・クルーズ氏が破り、民主党はヒラリー・クリントン氏がわずかに「民主社会主義者」サンダース氏を振り切りましたが、ニューハンプシャー州ではトランプ氏、サンダース氏が大勝したとのことで、今後の展開が益々注目されます。

ところで予備選では普段聞かない英単語が耳に入ってくるのですが、数日前BBCで「イギリス人とアメリカ人 - この予備選英語、分かるかな?」というプログラムが面白くて、電車の中でクスクス笑えました。報道では「コーカス」という単語をよく聞くのですが、果たしてこれは何かな? 

   ロンドンの通行人:「う~ん、分からないなあ...」
   NYの通行人達:「う~ん、ママが良く使ってた言葉。
              ママ、政治好きだから」
              「分からないなあ~、何かの動物?」


(僕はナマケモノ)

一人の女性(NY)が「それは予備選の時の党員集会caucusのこと」、で正解。博学の池上さんがTVで「元々は原住民の集まりのこと」と説明してたので、その種の単語が転用されているということでしょうか。「Super PAC」のことをロンドンの人が「パックマンのこと!?」と答えているのも面白いです
(この他「Super Tuesday」「Ticket」などへの珍回答も面白い:https://www.youtube.com/watch?v=OqumAexsCgc)。

私も仕事をしていて、法律用語や海事用語についてクライアントから意味を聞かれることがあります。先日は「『瑕疵』担保責任とは言うけど『欠陥』担保責任とは聞かないようだ。瑕疵と欠陥は同じだ、という説明も聞くのだが」というご質問をいただきました。民法570条の隠れた瑕疵に関する売主の瑕疵担保責任として有名な「瑕疵(かし)」の概念ですが、よく考えると奥が深い。瑕疵担保責任の効果としては修繕して直すこと(瑕疵修補責任)やお金で償うこと(損害賠償義務)が売主の義務として発生することは明確ですが、そもそも瑕疵=欠陥か、似ているが違うのか...一般の解説には「瑕疵というのは欠陥だ」というものもあって、確かに分かりづらいですね(もし物的な欠陥だけでなく、法律的瑕疵、つまり他の権利によって制限されている、などを含むという立場を取れば、「欠陥」という一般的な言葉がイメージする物的キズや性能未達、よりも「瑕疵」の概念の方が広くなってきますので両者はイコールではありませんね)。

BIMCO Bunker Non-Lien Clauseの問題点:

法律上の瑕疵が民法570条の「瑕疵」に該当するかどうか、最近海事法務の観点から少々考えました。燃料供給業者は船舶に対してバンカーオイルを供給しますが、その際、法律が自動的に本船上に船舶先取特権を発生させます(商法842条6号。なお船主自身ではなく定期傭船者がバンカーの供給を受けた場合、他人の財物である本船上に船舶先取特権が発生するかどうかは議論がある)。近頃は2014年秋に世界的燃料供給トレーダーだったOW Bunkerが倒産し、船主は船舶先取特権による本船差押さえリスクに神経質になっています。この観点からBIMCO(ボルチック国際海運協議会。傭船契約等書式の標準化に尽力)はいわゆる「Bunker Non-Lien Clause」、つまり船主を保護するために船社(オペレーター:船主から本船を定期傭船、つまり借用して運用する立場)に対して船舶先取特権など「lien」と言われる担保権を本船上に発生させてはいけない、という特殊な条項の挿入を定期傭船契約に飲ませることを示唆しています:



しかし、バンカー・サプライチェーンは多層階に成立しており、法定担保物権である船舶先取特権は燃料供給によって当事者の合意とは関係なく発生しうるものです。これは法的な制度であり自明でありますから、そもそも船社(オペレーター)側が燃料供給者側に対して「そのような権利が発生することは「瑕疵」である」と主張したり、あるいは「知らなかった(つまり「隠れている」)」と主張してバンカー売主の瑕疵担保責任を主張することには違和感を持ちます。他方で燃料供給者側も定期傭船者に対して易々と上記のBIMCO Bunker Non-Lien Clauseに対応する「non-lien」を燃料供給の際に請け負うとは思えません。そういった実務感覚に照らすと、翻って船社(オペレーター)が定期傭船者としてこの特殊な条項を定期傭船契約上受諾することは船社(オペレーター)にとって船主との関係でリスクがありますので、安易には受諾できないということになります。

... 大統領予備選の話だと思ってたら、なんだかまた筆者の好きな分野に勝手に引っ張っちゃって! 第一、「瑕疵」と「欠陥」の違いは結局どうなってんだ、というところですが、おめでとうございます。「瑕疵は分かりづらい!」という声に応えて今度の民法改正では「瑕疵」という用語は廃止され「種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物」(改正後民法566条)となります。然り。「瑕疵」は分かりづらい、というクライアントの上記ご質問は全く率直な、正しい感想であります。
        
航海継続

投稿者 Kuribayashi Sogo Law Office | 記事URL

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