一般企業法務 Q&A

Q.従業員が会社の秘密情報をもってライバル会社に移転する場合、どのような対抗策が取れますか?

1 就業期間中の競業行為(副業など)と就業規則による懲戒

 会社の従業員が副業として会社の業務と重複する行為を行う場合があります。例えば、宝石の販売会社で営業担当として勤務していた従業員がインターネットで宝石を販売するサイトを開設し、自分で事業として宝石を販売するような場合があります。また、より悪質な場合としては、不動産の仲介会社の営業担当が会社で得た情報をライバル会社に横流しし、リベートをもらったり、接待を受けたりすることも考えられます。このような行為は会社の利益を害することは明らかですので、通常就業規則の懲戒事由に該当し、その悪質性に応じて懲戒処分を行う必要があります。

2 懲戒処分を行うための情報収集(デジタルフォレンジック)

 従業員が、会社の情報を利用して競業行為を行い、会社に損害を与えたとして就業規則違反を理由に懲戒処分を行う場合、当該従業員からのクレームや法的対応にも耐えられるだけの十分な資料を収集する必要があります。情報収集の方法としてはデジタルフォレンジックが重要となり、当該従業員のパソコンでどのようなやり取りがなされていたかをまず確認することになります。多くのケースでは、当該従業員が過去のメールなどを抹消している可能性がありますので、専門の業者に頼みデータの復元をしてもらうことが必要になります。パソコンの他にも、インターネットのホームページや、会社の私物などから副業の内容が分かる資料が出てくることもあります。当該従業員と親しい社員からのヒアリングにより情報収集の端緒が得られる可能性もあります。

3 本人からのヒアリング

 情報収集を行うに際して、本人からのヒアリングは最も重要になります。しかしながら、本人からヒアリングを行うに際してはいくつかの重要な注意点があります。

(1) 事前に十分な情報収集を行っておくこと
 本人からヒアリングを行う前に十分な情報収集をしておくことは重要です。プライバシーの侵害にならない範囲で本人のパソコンのメールを確認したり、関係者からヒアリングを行ったり、インターネットその他からの情報収集をするなどが必要になります。また、ヒアリングの前に質問事項書を書面で作成し、何度か検証をしながら、聞くべき事項が十分にカバーされているかどうか、不当な圧力を加えたと言われるような内容になっていないかを事前に確認しておく必要があります。ヒアリングの成否は事前準備にあると考えられます。

(2) 客観性の担保、パワハラの回避
 会社の上司が直接にヒアリングを行う場合、後日になって、上司からの不当な圧力により、事実と異なることを強制的に認めさせられたとか、上司によるパワハラがあった等とクレームがなされる可能性があります。近時では、労働基準監督署やマスコミなどにリークされる恐れもあります。従業員の側でも隠しテープによる録音がなされている可能性が高いことは認識しておく必要があります。感情的な質問は避ける必要があります。また、1人で対応する場合、その時の状況が分からなくなりますので、できるだけ客観性を持たすため、複数で対応したほうがいいと思います。

(3) 書面による確認
 ヒアリングの結果については、書面にまとめ、当該従業員にもサインしてもらうなどとして客観的な証拠化をしておく必要があります。事実については、5W1Hに注意しながら、できるだけ詳細に記載していきます。後日の裁判資料としての効力を考えた場合、弁護士の協力が得られるのであれば文書の内容については弁護士にチェックしてもらう方が好ましいと思われます。

(4) 脅迫や恐喝と言われないために
 ヒアリング結果をまとめた書面の中で、就業規則や雇用契約に違反する事実があった事を確認し、その違反行為によって会社に生じた損害を賠償することを確認することがありますが、後日になって会社から恐喝されたとか、脅迫行為があったなどとして警察などに訴えられる可能性も考慮しておく必要があります。損害賠償義務について規定する場合には、任意の意思による賠償であることが必要ですし、その金額も違反行為に見合った内容であることが必要で、あまりに高額な賠償金を認めさせることは、会社にとってもリスクがあることを認識しておく必要があります。

(5) 第三者委員会
 従業員からのヒアリングに際して第三者委員会を立ち上げ、第三者委員会にヒアリングと報告書の作成、事実の認定、法的問題点と対応策等についてレポートを出してもらうことも有効です。第三者委員会による客観性が担保されます。最近では第三者委員会の公平性・客観性が問題視されることもありますので、委員の選定及びヒアリングの手法については、公平性・客観性が保たれるよう工夫が必要になります。

4 競業を理由とする懲戒処分

 会社の就労時間中または就業時間後において副業として行う場合であっても、上記のように会社の利益を害する内容の行為を行う場合には、就業規則に違反して懲戒処分の対象となります。懲戒処分を行う場合には、実体と手続きの両方について間違いがないようにする必要があります。
 まず、実体については、
(1)当該従業員が本当にそのような行為を行ったのかどうか
(2)その行為を行ったことを裏付ける証拠はあるか
(3)その行為が就業規則のどの条文に違反するのか
(4)違反行為と処罰の内容が不均衡でないかどうか                 
 などを確認することになります。
 手続きについては、多くのケースで就業規則に規定があると思われますので、その規定に従う必要があります。
 例えば、(1)懲罰委員会を開催し、(2)本人に対して弁明の機会を与え、(3)懲罰委員会の多数決により採決し、(4)その結果を参考に取締役会ないし代表取締役が処罰の内容を定めるなどの規定があると思いますので、かかる規定に従うことになります。懲戒手続きについての規定が十分に整っていない場合、かかる規定の整備も必要です。

5 就業規則や誓約書による退職後の競業避止義務

 会社を退職する従業員については、退職後は職業選択の自由が認められますので、従前の会社が退職後の従業員の就業を制約することができないのが原則です。退職後の従業員等に競業避止義務を負わせるためには、就業規則や誓約書等によって、従業員等との間で競業禁止特約を締結しておくことが必要となります。競業避止義務契約の有効性については、企業側に守るべき利益があることを前提として、競業避止義務契約が過度に職業選択の自由を制約しないための配慮を行い、企業側の守るべき利益を保全するために必要最小限度の制約を従業員等に課すものであれば、当該競業避止義務契約の有効性自体は認められるとされています。
 競業禁止特約の有効性を具体的に判断するにあたっては、
  ①競業行為を規制する会社(使用者)の正当な利益(企業秘密の保護等)があること
  ②競業禁止義務を課される役員・従業員の地位や職務内容
  ③競業行為を禁止される期間・地域・対象業種が従業員の活動を不当に制限しないこ、
  ④代償措置が設けられていること等の要素が総合考慮されることになる。

6 賠償額の予定の禁止
 就業規則等に競業避止義務を規定する場合、競業行為を行った場合に会社に対して損害賠償請責任を負うとの規定を設けることが見られます。このような規定を設ける場合に注意すべきことは、競業避止義務違反行為を行った場合に、具体的な金額を明示しつつ、その金額の責任を負うと規定した場合は、その規定は労働者との間での賠償額の予定を定めたものであるとして、労働基準法第16条に違反し無効となり、刑事罰の対象となる(法119条第1号)可能性があることです。競合を行っている従業員の側から反対に攻撃されることもあり得ます。これに対して、従業員の競合行為によって既に発生した損害について賠償金額を定め、その支払い方法について合意することは問題ありません。この境界線は難しいですので、弁護士などの意見を参考にしながら決定する必要があります。

7 仮処分による違法行為の差止め

 従業員等が、競業避止義務違反行為を現に行っているような場合など、著しい損害又は急迫の危険を避けるため必要なときは、競業行為の禁止を求めて、競業避止義務に基づく競業行為差止め請求権を被保全権利として、競業禁止仮処分の申立てを裁判所に行うことができます。この処分が得られた場合の執行方法としては、間接強制(違反について金銭の支払いを要求することにより間接的に強制執行を行う)によることになります。例えば、会社の役員が退職後、会社を自ら設立して競業を開始する場合や従業員等が競業会社の役員に就任するような場合などには、それらの競業行為や就任の差し止めを申し立てることになります。

 仮処分の申立てが認められるためには、競業禁止特約が有効であること(被保全権利の存在)、放置しておくと回復しがたい損害を生じるという事情(保全の必要性)が必要です。この点、特約の有効性に関する判断要素のうち、特に競業行為を規制する会社(使用者)の正当な利益があることが認められ、現に競業を行っていることが疎明できれば、保全の必要性についての疎明は充足していることとなる場合が多いとされています(「差止請求モデル文例集」宮本圭子編著)。

8 不正競争防止法(法2 条第 1 項第 4 号乃至10号)

 役員及び従業員が、競業避止義務に違反し、会社の秘密情報を利用して、自ら又は第三者をして競業行為を行ったようなときには、例えば以下のような場合に、当該秘密情報の利用行為についての差止めや、秘密情報の利用によって生じた損害の賠償請求を行うことができる場合があります。なお、不正競争防止法上の上記秘密保持義務は、労働契約の存続中だけでなく退職後にも及びます。

 まず、営業秘密の保有者が役員や従業者に対して営業秘密を示した場合に、その従業者が不正の利益を得る目的又は保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用又は開示する行為(第 2 条第 1 項第 7 号)を行った場合には、不正競争に該当することになります。例えば、「学習器具並びに出版物の製作及び販売等を営業目的とする株式会社の代表取締役が、在職中に、従業者に依頼して顧客情報をフロッピーディスクにコピーさせた上、従業者からそれを受け取って自宅に持ち帰り、退職後に、不正の利益を得る目的等で当該顧客情報を用いて転職先企業において販売を開始する行為や、製造委託契約に基づいて示された婦人靴の設計情報(木型)を、自らの企業として存続等するために許されないことを認識しつつ、委託元の競業者となろうとしている第三者に開示する行為等」がこれに当たるとされています(「逐条解説不正競争防止法」経済産業省知的財産政策室編平成30年11月29日施行版89頁)。

 また、第三者が、不正取得行為が介在したことを知って(悪意)、若しくは重大な過失により知らないで(重過失)営業秘密を取得する行為、及びその後の使用行為又は開示行為を行った場合には、当該第三者の行為は不正競争に該当することになります(第 2 条第 1 項第 5 号)。例えば、「会社の機密文書を窃取した従業者から、それが営業秘密であると知って、産業スパイが当該機密文書を受け取る行為等」がこれに当たることになります(同「逐条解説不正競争防止法」86頁)。

 これらの場合、会社としては、当該役員及び従業員や第三者に対して、営業秘密の使用・開示行為について損害賠償請求(法4条)や差止め請求(法3条)を行うことができます。不正競争防止法では、損害額に関する推定規定が設けられており(法第5条)、損害額の立証困難への救済が一定の程度においてなされています。

9 内容証明郵便の送付

 役員及び従業員が競業避止義務違反行為を行う恐れが現実に存在する場合には、当該役員等に対して、弁護士などから内容証明郵便等によって警告書を送付することにより、事実上の抑止効果により、競業行為の防止を図ることが可能です。また、前述の不正競争防止法の適用がある場合においては、営業秘密を取得した第三者に対しても警告書を送付することによって、営業秘密を用いた競業行為への抑止効果を期待できる場合があります。内容証明郵便の送付により、相手方に警告を発し、自発的に競業避止行為を中止してもらうことができれば、最も安価でかつ迅速な解決方法であると思われますので、競業避止行為が認められる場合の最初の対応方法として検討できると思います。
 但し、上記に記載した保全処分を検討する場合は、保全処分の証拠収集、保全処分の密行性を確保する利益が優先されますので、直ちに内容証明郵便を出す方がいいのかどうかは、その後に取りうる手段の有無を含めて慎重に検討する必要があります。

10 損害賠償請求

 従業員等の競業避止義務違反行為によって、会社に現実に損害が生じた場合には、会社は、その生じた損害について、従業員等に請求をすることになります。例えば、労働者の競業避止義務違反行為によって、取引先を失ったような場合などには、その損害額を立証することができれば、その損害を請求することができます。そのような損害賠償請求に備えて収集すべき証拠としては、取引先や会社の担当者などの関係者による陳述書、経過報告書、会社又は第三者委員会による調査報告書なども有用です。

11 懲戒処分等

 従業員の競業避止義務違反行為が、就業規則上の懲戒事由に該当する場合には、懲戒解雇、けん責処分等の就業規則による懲戒処分を行うことも検討しなければいけません。また、就業規則に退職金の定めがあり、競業避止義務違反の場合に退職金の不支給や減額をなしうることを就業規則で定めているのであれば、その規定に基づいて退職金を減額することも考えられます。従業員から退職届出が出され、退職を認めてしまえば懲戒処分等の手続を取ることは難しくなりますので、懲戒処分の可能性があるのであれば、従業員からの退職申出があっても退職を認めず、退職通知期間(2週間)の時間的制約の中で懲戒手続その他の処分を行う必要があるかどうかを判断する必要があります。
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