• 2020.09.01
  • M&A・事業承継

M&Aにおける表明保証と違反の効果

表明保証条項とは

意義

表明保証とは、契約の当事者が、相手方に対し、特定の時点において一定の事実が真実かつ正確であることを表明し、保証するものです。表明保証条項は、M&A取引における株式譲渡契約において多く見られます。また貸付契約においても一般的に用いられています。

表明保証の対象となる事項

表明保証における条項としては、例えば株式譲渡や事業譲渡契約の場合には、大きく分けて、売主に関する事項、対象会社に関する事項、買主に関する事項があり、それぞれの主要な項目としては次のようなものがあります。

①売主に関する事項
組織及び構成、契約の締結・履行・強制執行可能性、定款・法令等違反の不存在、倒産手続等の不存在、反社会的勢力など

②対象会社に関する事項
組織及び構成、株式、子会社・関連会社、財務諸表、不動産・動産、知的財産権、在庫、債権、契約、保険、許認可、法令遵守、人事労務、年金、公租公課、環境、訴訟・紛争、反社会的勢力、倒産手続等の不存在、情報開示の正確性など

③買主に関する事項
組織及び構成、契約の締結・履行・強制執行可能性、定款・法令等違反の不存在、倒産手続等の不存在、反社会的勢力、資金調達など

法的性質

表明保証は、一般的には、主契約に従たる損害担保契約であり、一定の結果が生じた場合に、契約内容に従って金銭補償の履行請求権が発生する旨の合意であるとされています。なお、債務不履行責任(2020年改正民法のもとでの契約不適合責任)とも考えられますが、表明保証違反に基づく責任は、表明保証をした行為自体に基づくものであり、契約書上のさらなる義務の存在やその不履行、故意・過失といった要素を前提としていないのであり、債務不履行責任と同一に考えることは困難であると指摘されることがあります。この意味では、保証表明違反がある限り、過失の有無にかかわらず無過失でも責任を負う無過失責任・厳格責任であるということができます。なお、株式譲渡契約書には保証表明の他にコベナンツ(誓約事項)が記載されることがあります。コベナンツ(誓約事項)は売主の買主に対する約束事項ですので、債務の内容をなし、無過失厳格責任の適用がある保証表明とは異なるものです。コベナンツ(誓約事項)としては、例えば債務超過に陥らないとか、競業行為は行わないなどの条項があります。

表明保証条項の機能

デューデリジェンスを補完する機能

例えば事業譲渡や株式譲渡の場合であれば、譲渡対象会社の売主は対象会社の情報に精通しているのが通常である一方で、買主は対象会社について充分な情報を有しておらず、売主と買主との間には、情報の非対称性があります。そして、M&A取引に際して、買主が対象会社について行うデューデリジェンスで得られる情報にも限界があります。この点、表明保証条項が設けられている場合には、売主としては、これに違反する事実がある場合には表明保証条項違反の責任を負うことになることから、表明保証条項に反する事実の有無を自ら調査・確認し、違反事実を発見した場合には、認識した違反事実を契約書の別紙(ディスクロージャー・スケジュール)として列挙することにより、表明保証の対象から除外することが行われることがあります。このような売主による自主的な情報開示によって、買主は譲渡対象会社に係る表明保証違反の事実を認識することができます。また、買主の提案する表明保証の文言に対して、売主としては自らのリスクとなり得る部分については、修正案や削除を求める提案をすることが考えられ、これによって、買主としては、対象会社の抱えるリスクについて見当をつけることも可能となり得ます。これらの点からは、買主としては、できるだけ多くの表明保証条項を入れて契約書案を提案することがデューデリジェンスの観点からは有利であるということができます。

リスク分担機能

表明保証条項を定めることにより、表明保証をした契約当事者は、表明保証をした事実については責任を負う一方、それ以外の事実については責任を負わないとすることにより、契約各当事者がどの範囲まで責任やリスクを負担するかについてその範囲を明確にする機能(リスク分担機能)があります。これによって、情報量において劣位にある買主にとっても、売主との契約関係に入りやすくなるということができます。なお、売主の側から、デューデリジェンスを実施したのだから買主はリスクの内容を知っているはずであり保証表明は不要であるとの主張がなされることがありますが、デューデリジェンスを行ったからと言って、リスクを買主に移転させることはできないと考えられます。売り主からのこのような主張はリスクの分配についての正しい説明ではありません。

その他の機能

さらに、売主の表明保証違反が存在しないことが買主の債務(代金支払債務)の履行の前提条件とされ、またそのような表明保証違反が認められる場合には、買主に契約の解除権が認められるのが一般的です。そのため、売買の対象会社に表明保証違反というリスクがある場合には、買主は契約を回避することができます。他方で、売主にとっても、表明保証を行うことによって、売買の対象物の価値を買主に対して保証することができ、売主にとってより良い条件で対象物を買主に譲渡することを可能とするというメリットもあります。

表明保証違反による責任追及の要件

客観的要件

ア 表明保証違反の事実
(ア)表明保証の法的性質を、上述のとおり損害担保契約であるとするならば、表明保証条項に違反した事実が責任追及の中心的な要件となります。この点については、表明保証条項は、その条項が抽象的でありその解釈が必ずしも一義的ではない場合が多いことも理由となって、表明保証違反の有無を巡って裁判上の争いとなっていることが多くあります。しかし、裁判所において、表明保証条項が、条項どおりに形式的に解釈されるとは必ずしも限らないことには留意する必要があります。

(イ)表明保証条項の解釈
例えば、株式譲渡契約によるM&A取引において、売主の表明保証違反の有無が問題となった事案があります(東京地判平成19年7月26日判タ1268号192頁)。この事案において売主は、開示された資料等は、すべて真実かつ正確な情報を記載しており、重要な事項について記載がかけていない旨の表明保証を行っていました。これについて、裁判所は、「考え得るすべての事項を情報開示やその正確性保証の対象とするというのは非現実的であり、その対象は、自ら限定されて然るべきものである」とします。そして、本契約の表明保証規定は、「企業買収に応じるかどうか、あるいはその対価の額をどのように定めるかといった事柄に関する決定に影響を及ぼすような事項について、重大な相違や誤りがないことを保証したもの」であると解すべきであるとし、売主が提供した情報に重大な相違や誤りがあったかどうかという点を検討しています。この事案では、裁判所は、必ずしも重大性の限定が付されていない表明保証条項についても、表明保証全体について重大性による限定を付したうえで、表明保証違反の有無を判断しています。このような判断の背景には、裁判所が、M&A取引における必要な情報収集は買主の責任であるという理解、および表明保証規定が抽象的な内容となっていたことなどがあると指摘されています。そのため、対策としては、表明保証条項を定める場合においては、条項の解釈に幅が生じないようにできるだけ具体的な規定を設けるよう努めることが考えられます。

イ 表明保証の時点
表明保証の対象となる時点については、契約上、契約締結時点及びクロージングの時点とされていることが多く見られます。

主観的要件

ア 売主の主観的要件
表明保証条項上売主の主観的要件について記載されていない場合は、表明保証違反の有無について、売主の主観的要件は考慮されないことになると考えられます。これに対して、表明保証において、「売主の知る限り」などと売主の主観による限定が設けられている場合があります。このような場合に、いかなる場合に売主が知っていたといえるかという点が裁判上問題となることがあります。例えば、表明保証を行った者が、表明保証の対象となった会社に対して、役員を派遣していた等、表明保証を行った者による対象会社への経営関与があったと認められる場合に、表明保証を行った者が表明保証違反の事実を具体的に認識するに至った経緯を認定することなく、表明保証を行った者が表明保証違反の事実を「知っていた」と判断したものがあります(東京地判平成25年11月19日)。

イ 買主の主観的要件
(ア)買主の表明保証違反の認識による制限
表明保証違反の事実について、買主が知っていたか知らないことに重大な過失があった場合(悪意又は重過失)において、売主が表明保証責任を免れるかどうかという点について、裁判所は次のように判断しています。「原告(買主)が被告(売主)らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、被告らは本件表明保証責任を免れると解する余地があるというべきである」としています(平成18年1月17日判タ1230号206頁)。

(イ)サンドバッキング条項
この点については、売主の表明保証違反事実について買主が認識を有していたことまたは知りえたことは、買主による売主に対する補償請求等に影響を与えない旨の規定(サンドバッキング条項)を明示的に設けることによって対応することが考えられます。

表明保証条項違反の効果

前提条件の不充足

表明保証違反のないことが反対債務の履行の条件とされていることが通常ですから、かかる違反が判明した場合には、買主は反対債務(代金支払債務など)の履行を留保しても契約違反にはならないことになります。

期限の利益の喪失

例えば貸付契約においては、金銭の貸付け後に、借主の表明保証違反が判明した場合には、借主は期限の利益を失うとされていることが通常です。その場合、借主は、直ちに債務全額の弁済をしなくてはならないことになります。

補償請求

表明保証違反があった場合、これと相当因果関係のある損害について、契約当事者は、違反当事者に対して補償請求をすることができることになります。この点について、上述のとおり表明保証の法的性質は、特約に基づく損害担保契約であると考えられていますから、補償条項が契約書に規定されていない場合においては、表明保証違反があったことのみによっては、補償ないし損害賠償請求は認められないということになります。もっとも、表明保証違反が同時に民法上の債務不履行責任(契約不適合責任)の要件を充たすのであれば、民法に基づく損害賠償請求が認められる余地はあります。

解除

表明保証違反がある場合に、契約の解除を認める条項が置かれることがあります。ただし、とくに大型のM&A取引などにおいては、クロージング後における契約の解除が制限されていることも多くあります。なお、契約書に解除条項が規定されていない場合においては、上述の補償請求の場合と同様に、民法上の解除の要件を充たす場合は格別、表明保証違反があっても、そのことのみによって解除が認められることにはならないことになります。

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