• 2020.09.01
  • M&A・事業承継

M&Aスキームの提案

M&Aの手法

M&Aの手法としては、株式譲渡、事業譲渡、会社分割などがありますが、私達の経験上は7割程度は株式譲渡(第三者割当増資を含む)で、事業譲渡が2割、会社分割、株式交換などの組織再編行為が1割程度と思われます。従って、ほとんどのケースが株式譲渡と事業譲渡になりますので、最初にこれらの手法について確認してみたいと思います。

M&Aの手法としての株式譲渡

株式譲渡は、発行済みの株式の売買であり、売り手と買い手の合意によって行われます。合意はもちろん口頭でも可能ですが、後に争いとなった場合に売買があった事実を証明することが出来なくなる可能性がありますので、通常株式譲渡契約書を作成し、これに調印することによって行われます。また、株券発行会社においては、株券の交付が効力要件とされていますので(会社法128条1項)、売買代金の支払と同時に株券の引渡し(簡易の引渡しや占有移転の方法による引渡しを含みます)を行います。株券が発行されていない場合には、クロージング前に発行会社に依頼して株券の作成を行ってもらう必要があります。

多くの中小企業では、定款に株式の譲渡制限条項が定められています。すなわち、株式の譲渡を行うには、会社の取締役会の承認を要するとされています。これは、中小企業など規模の小さい企業では、会社の知らない人や会社にとって好ましくない人が株主になるのを防ぐため、株式の譲渡については会社の承諾(取締役会の承認決議)を要するとし、取締役会の承認のない限り株式の譲渡を認めないとする制度です。このように譲渡制限のある会社の株主が会社の株式を譲渡しようとする場合は、株式の譲渡承認請求を行うことになりますが(会社法136条)、会社の経営者が株式の譲渡を行う場合には、事前に譲渡承認請求書と譲渡承認にかかる取締役決議(取締役会議事録)を作成しておき、クロージングの際にはそれを相手方に渡すという方法が取られることになります。また、株式の譲渡がなされた場合、株主名簿の書換えを行う必要があります(130条1項)。株主名簿への登録は会社との関係で対抗要件とされていますので、株主名簿への登録がない場合、買主は会社から株主として取り扱ってもらえないことになります。このように株式譲渡契約書の作成、(譲渡制限会社においては)取締役会による譲渡承認、株主名簿の書換えが株式譲渡において必要な手続です。

M&Aの手法としての第三者割当増資

第三者割当増資も、第三者が株式の割り当てを受け、会社の株主となって会社の経営を支配するという点では、株式譲渡と類似の性質を有することになります。株式譲渡は既に発行済みの株式を譲渡する場合であるのに対し、第三者割当増資は、新しい株券を発行し、これを新しい経営者に取得させる手続きとなります。株式譲渡の場合、株式の譲渡代金は従前の株主に対して支払われ、株式の譲渡代金がその後の運転資金として利用されるわけではありません。会社の経営者のハッピーリタイアメントを考えている場合は、会社の経営者自身に買収資金を取得させる必要がありますので、株式譲渡の方法が取られることになりますが、会社を買収する第三者が、買収資金は会社に留保し、その資金で会社の運営や事業の再生を行いたいと考える場合には、第三者割当増資により、増資資金を会社に留保させることが必要となります。また、ケースによっては株式譲渡と第三者割当増資の両方が同時に行われることもあります。

第三者割当増資については、新株発行についての株主総会決議(大部分の中小企業は譲渡制限のある公開会社でない会社に該当しますので、第三者割当増資は株主総会の特別決議を要します)(会社法199条2項、309条2項5号)、株式の申し込み(会社法203条)、割り当て(会社法204条)、払込(会社法208条)、株主名簿への登録という手続きを踏むことになります。但し、M&Aにより会社の譲渡を行う場合は通常引受人は一人ですので、総数引受契約書を作成することにより、株式の申し込み、割り当てという手続きを省略することができます(会社法205条1項)。

M&Aの手法としての事業譲渡

事業譲渡もM&Aにおける重要な選択肢となります。新しいオーナー(譲受会社)が旧経営者から株式譲渡により会社の経営権を取得する場合(多くの場合発行済み株式総数の100%を取得することになると思われます)は、会社は新しいオーナー(譲受会社)の子会社となりますので、株式の譲受人は譲渡会社をそのままの形で全て買収することになります。譲受会社は株主有限責任により、取得した子会社に対して出資額(株式の買取額)以上の責任を負わないのが原則ですが、実際には親会社として子会社の運営について責任を負担するのが通常であり、万一譲り受けた会社に簿外債務が有ったり、裁判その他の法的問題が生じたりする場合であっても、親会社が責任をもって解決することになると思われます。このように株式譲渡の方法では、買収時においては買収先の会社の事業やリスクを選別することが出来ないのが原則です(もちろん組織再編などの方法を同時に行うことでこのようなリスクを遮断したりすることはよくあります)。

これに対し事業譲渡の方法では、移転される事業は売主と買主が協議で定めることができますので、会社の全ての事業を承継する場合もあれば、一部の事業のみを承継することもできます。また、資産の全部又は一部のみを承継し、債務についても必要なもののみを承継することも可能です。但し、事業譲渡契約では、個別の資産、負債の移転手続き(例えば債権譲渡の対抗要件を具備したり、契約上の地位を承継する契約関係にある取引先の同意を得るなど)が複雑となりますので、手続きに時間と費用が掛かってしまうことは理解しておく必要があります。

会社の事業の全部又は重要な一部の譲渡を行う場合は、株主総会の特別決議(発行済み株式総数の過半数を有する株主が出席し、出席株主の有する株式数の3分の2を所有する株主の同意を得ること)を要することになります(467条1項1号、2号、309条2項11号)。

事業譲渡を行う場合には事業譲渡契約書を作成し、移転する資産と承継される負債を明確に特定しておく必要があります。特に負債の承継については、従前販売した商品の瑕疵担保責任など、承継するのかどうかがはっきりしないところもありますので、事業譲渡契約書の中で、承継する負債、承継しない負債を箇条書きの形で書きだすことにより明確に定めておくことが必要です。

また、移転する資産については、資産ごとの対抗要件を具備する必要がありますので、不動産については移転登記、動産については占有移転、指名債権については債権譲渡の対抗要件、特許など登録された知的財産権については、登録名義の変更、自動車については陸運局への登録変更などの手続をとる必要があります。また取引先との契約関係など契約上の地位の移転を行う場合には、取引先の個別同意が必要となります。また、従業員との契約については、一旦雇用契約を終了させ、承継会社との間で新規の雇用契約を締結することになりますので、従業員の地位の移転については、各従業員から個別に同意を得ることが必要となります。

M&Aの手法としての組織再編行為

組織再編行為としては、会社分割、株式交換、株式移転、合併などの方法があります。会社分割は会社の一事業部門を移転させる方法で、事業譲渡に類似する性質を有していますが、組織再編行為であることから、取引先の個別同意を必要としないなどの点で手続きが簡便であることから、多く利用されています。

合併は、会社を包括的に承継する手法であり、現金による対価の交付を必要としない点でメリットがありますが(例えば合併の場合、消滅会社の株主に対しては存続会社の株式を交付することになりますので、存続会社としては金銭の出費を伴うことなく他社を買収することができることになります)、承継する会社の資産内容などがはっきりしていないと簿外債務の存在など予期せぬリスクを背負ってしまうこともありますので、主には会社の財務内容が明確な大企業のM&A等で利用されることが多いと思われます。

M&Aにおける吸収分割と新設分割

吸収分割とは、分割を行う会社(分割会社)の事業部門を、分割を受ける会社(吸収分割承継会社)に移転させる手法で、新設分割とは、分割会社の事業部門を、新規に設立する会社に移転させる手法です。吸収分割または新設分割により、会社の資産、債務、雇用契約、その他の権利義務関係が承継会社又は新設会社に移転されることになります。

吸収分割の場合、分割会社の事業部門が他社(承継会社)に承継される点で事業譲渡に類似しています。しかし、事業譲渡が個々の権利関係の移転であって、個別の資産負債についてそれぞれ権利義務の移転手続きを行う必要があるのに対し、吸収分割、新設分割は組織再編行為に伴う包括移転ですので、個別の資産移転行為、対抗要件具備などは要しないことになります(もちろん不動産の登記や知的財産権の変更登録などの変更手続きは必要となります)。

吸収分割の場合、分割会社から承継会社に対して、分割会社の事業部門が移転されることになりますので、承継会社から分割会社に対して対価としての現金が支払われることになります。例えば資産3億、負債2億のA 会社が、資産・負債のほとんど全てをB会社に1億円で移転し、B会社はA会社に1億円の支払を行う場合が考えられます。この場合、B会社は、A会社との吸収分割契約書において好ましくない資産や負債の承継を拒むことが出来ますし、A会社としてもB会社から支払われた資金をもとに残債務を整理し、その後会社を解散させることで、残余財産を株主に分配することができます。

会社分割においては、どの資産と負債を承継させるかを分割契約書の中で定めることができますので、例えばA会社が重要な資産をB会社に移転した場合においてA会社に残された債権者は債権回収が出来なくなるなどの不利益を蒙る可能性があります。同様に、これまでA会社に対して債権を有していた債権者で、B会社に債務が承継された場合には、A会社に対してではなく、B会社に対して債務の支払を請求することになりますが、B会社が十分な資産を有していない場合には、債権の回収が出来なくなってしまう可能性があります。そこで、会社分割においては、債権者異議手続が定められており、知れたる債権者に対しては会社分割を行うことについての個別通知が必要となり、異議を述べた債権者に対しては、債務の弁済や担保の提供などを行う必要があるとされています。このような手続きを債権者保護手続きといいます。会社分割を行う場合にその内容について全ての債権者に個別の通知を行う債権者保護手続きは手続き負担が重すぎて会社分割の障害となります。

これに対しインターネットによる電子公告を行う会社については、会社分割の内容を自社のホームページに掲載することで債権者への個別通知を回避することができます。電子公告がなされたかどうかは、電子公告調査会社による調査によって確認します。電子公告調査会社による調査結果は会社分割の登記の際に必要となります。会社分割を行う場合には、予め定款変更により公告方法を(官報から電子公告に)変更しておくのが便利です。但し、電子公告の方法による場合は、決算の概要についても(官報ではなく)ホームページで掲載しなければなりません。債務超過の会社については決算概要をホームページに掲載することで取引先に財務内容が知られると困るという会社もありますので、電子公告の方法によるか債権者への個別通知の方法によるかを事前に検討しておく必要があります。

会社分割が行われた場合、当該事業部門に属する従業員についても個別の同意なく、雇用契約関係が承継会社ないし新設会社に移転することになります。従業員の側からすれば、A社に属していたにも関わらず、会社分割によって違う会社の社員とされてしまうわけですので、雇用契約上の地位が害されることになる可能性もあります。そこで、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」によって移転される従業員への通知や協議を行うことなどが定められており、従業員の地位が一方的に侵害されることのないよう配慮がなされることになります。

M&Aの手法としての合併

合併は組織再編行為の一つで、二つ以上の会社が一つの会社になる手続きです。合併を行う場合には、合併契約書を作成し、両方の当事者(会社)が調印するとともに、双方の会社の株主にとって重大な影響がありますので、合併を行う双方の会社において株主総会の特別決議を得る必要があります(但し、簡易合併の場合は存続会社の株主総会の特別決議は必要ありません)。合併に反対の株主は、株主総会において合併決議の議案に反対票を投じることで、会社に対して自分の株式を買い取るよう請求することができます。合併には吸収合併と新設合併があります。

吸収合併

吸収合併では、存続会社(A社)が消滅会社(B社)の資産負債その他の権利関係を包括的に承継し、消滅会社(B社)は消滅することになります。消滅会社(B社)の株主に対しては存続会社(A社)の株式が交付されるのが通常ですが、金銭その他の財産を交付することもできます。消滅会社(B社)の株主に対して存続会社(A社)の株式が交付される場合、消滅会社(B社)の株主は存続会社(A社)の株主になることになります。その結果、従前のA社の株主と、A社株式の交付を受けたB社の株主の両方がA社の株主になることになります。B社の株主に対してどれだけのA社株式を交付するかは合併比率に応じて決定されることになります。B社の株主に対してA社の発行済み株式総数と同数の株式が交付される場合には、従前のA社の株主とB社の株主は同じ割合で(50%ずつの割合で)、A社の株式を保有することになります(対等合併)。

合併によってA社はB社の資産・負債、その他一切の権利関係を包括的に承継することになります。また、A社はB社の株主に対してA社の株式を交付することで足りますので、株式取得や事業譲渡と違い現金の支出を必要としません(消滅会社であるB社の株主に対して現金が交付されることもありますが事例としては少ないと思われます)。そこで海外の大規模なM&Aでは、現金支出を伴わない合併の方法が選択されることが多くあります。また、A社が上場会社で、B社が非上場会社の場合、B社の株主は合併により流動性のあるA社株式を取得できることになりますので、換金可能性が高まり、B社の株主にとっても好ましい結果となることもあります。但し、上場会社よりも非上場会社のほうが規模が大きい場合は、非上場会社の株主は上場手続きなしに上場株式を取得できることになりますので裏口上場と判断され、上場会社について上場廃止がなされることもありますので、注意が必要です。

新設合併

新設合併では、新しい会社(新設合併設立会社)(C社)を設立し、A社及びB社の全ての資産・負債、その他の権利関係を新設合併設立会社(C社)に移転することになります。従前のA社の株主、B社の株主はいずれもC社の株主となります。A社の株主とB社の株主に対していくらの株式が発行されるかは、合併比率によって定まることになります。新設合併によりA社及びB社(これらを新設合併消滅会社といいます)はいずれも消滅することになります。

M&Aの手法としての株式交換

株式交換とは、B社(株式交換の結果A社の完全子会社となる会社)の株式と、A社(株式交換の結果B社の完全親会社となる会社)の株式とを交換する手続きです。株式交換によりB社の株主はA社の株式が交付され(B社の株式と交換にA社株式が交付される)、A社の株主となります。また、B社の株主が有していたB社株式はA社に移転しますので、A社はB社の発行済み株式の全てを取得し、B社の完全親会社となります。

株式交換の結果、従前のA社の株主と、A社株式の交付を受けたB社の株主の両方がA社の株主になります。B社の株主に対してA社の株式をどれだけ交付するか(株式交換比率)は、A社とB社の財務内容をもとに協議により定められることになります。

このように株式交換を行った場合、合併の場合と同様に、A社は現金の支出なしにB社を完全子会社にすることができます。また、B社の株主としても、例えばA社が上場会社である場合など株式の流動性がある場合には、株式の値上がり益を得たり、市場による売却で換金できるようになるなどのメリットがあります。

株式交換の場合も、株式交換契約書を作成し(会社法767条)、簡易株式交換の場合を除き、双方の株式会社で株主総会の特別決議を得ることが必要となります。反対株主に対して株式買取請求が認められることや、債権者異議手続があることなども合併と同様です。

M&Aの手法としての株式移転

株式移転とは、完全子会社となる会社(B社)が単独または共同して、その完全親会社(A社)を設立し、完全子会社となる会社(B社)の株式を完全親会社(A社)に移転し、完全親会社が設立に際して発行する株式を完全子会社となる会社(B社)の株主に移転する手続きです。株式移転の結果、新設の会社(A社)はB社の完全親会社となり、それまでB社の株式を有していたB社株主はA社の株式を有することになります。株式移転は完全親会社を設立するための手続で、持株会社を設立したり、持株会社の下に複数の会社をぶら下げることによって新しい企業グループを創設したりするために用いられます。

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